【d!】愛執シネマティック【短編集】 (ページ22)

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「ぺ神、ありがと。」
「お礼なんていらんよ、これが俺の仕事やから。」

彼はあまりに優しい。彼が胸中で私を嘲笑して見下していたとしても決して表に見せる事無く私を看護してくれるのだ。足手纏いで戦場に出る事も叶わず、ましてや戦術や政策を打ち立てる事も叶わない。役立たずの木偶の棒の私を見捨てずにいてくれる。

「何かしたい事があったら何でも言うてな。」
「うん。」

こつん。彼の体温がふわりと離れて私と彼の額が合わせられる。彼の銀の瞳が私を見つめた。見透かされている様な気分になってしまい、緩慢に視線を逸らす。彼はそれを咎める事はなく、にこりと微笑みを浮かべて私から離れた。医療現場で使われる経口補水液のペットボトルを傍に置かれて見せられる。

「これ、喉渇いたらすぐに飲んでええから。」
「分かった。」

彼はそう言って湿度計と気温計を確認し、空調を設定する。心拍計も同様に確認して私の布団を丁寧に掛けた。温かい。もし、我儘が許されるなら彼に添い寝をしてもらいたかったが、計測器が絡み合う私の身体では無理な話だ。

「よしよし。よう頑張ったで。やからゆっくり休んでな。」
「うん、ぺ神。ごめんね。」

私の呟きに彼は一瞬目を見開いたが、すぐにいつものふわふわとした柔らかな笑みを浮かべた。彼の手が私の方へ伸ばされる。私はそれに自動的に瞼を閉じた。心地良い暗闇の中で頭を撫でられる感触。幸福の絶頂だった。彼は戯れる様に数度私の髪を弄んだ後、手を離す。

「眠る迄此処におるからな。心配せんでも大丈夫やで。やからそんな悲しそうな目、せんでよ。」
「うん。分かった。」

彼が私の弱々しい掌を握る。戦場では女とは思えない程に屈強な手で皮も厚く、マメとタコばかりだったのに。いつからか心に巣食う良心が膨らみ過ぎた。それは私の安心を正義を道徳を信仰を蝕んだ。いつからか戦場が気怠くなった。逃避した。夜中に唐突な寂寞と後悔が湧き上がって心を跋扈した。御飯が食べられなくなった。それを戻す様になった。水が飲めなくなった。眠れなくなった。幻聴が聞こえる。幻覚が見える。何もかもを混同して理解を放棄した私に彼が手を差し伸べる。

「大丈夫。何もせんでええから、其処におって。」

著 / 鵯