【d!】愛執シネマティック【短編集】 (ページ16)

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「恥ずかしがり屋さんなAさんも可愛い……。」
「おのれ、好き勝手言いやがって……！」

堪忍袋緒が切れそうであった。日誌の紙面が渇いている事を確かめる。物の少ない机上に日誌を大切に立て掛ける。これがいつか誰かの役に立つ日が来るかもしれないから乱暴に扱うことは出来ない。私は日誌を立て掛けたのを確認し、勢いよく椅子を引いた。

「いっ、たぁ!?」
「退いてくださいませ。邪魔で御座います。」

それは背後にいた悪魔に勢いよくぶち当たった。彼は軽く吹っ飛ばされた様で床で伸びている。悪魔も気絶するのだなと思いながら、椅子から立ち上がった。その瞬間、伸びていた悪魔の瞳孔がぎゅ、と窄められる。蛇が蛙を見て涎を垂らす様で気味が悪く感じられた。

「……ふふふ。やっぱり上手くいきませんね。」
「何を、」

彼の瞳が赤い眼光を放つ。一瞬にして室内が煉獄宛らに凍結し、骨に染みる様な温度を纏い出す。彼が緩慢に立ち上がった。それすらも氷に染み込まれてしまいそうだ。彼の放った悪霊子が空気中に散漫して小さな雹粒となっていた。

「恋は多難な方が刺激的だと言いますが、まさか取り合っても貰えないとは……！」
「ひっ、」

彼が私と距離を詰める。一歩一歩と着実に狭まる度に氷の冷たさから霜焼けが燃える様な炎の熱へと移行してゆく。この部屋に唯一入室出来る扉は彼の力によって封じられ、この魔界から出る術は絶たれていた。絶体絶命。本棚から微動だに出来ぬ私は遂に彼の監獄に閉じ込められた。

「私、Aさんが好きです。Aさんの眷属になってしまいたい。」
「い、や！」

彼の瞳が輝きを増す。彼の瞳を見つめていると緩慢に思考に靄が掛かり出す。彼の瞳が酷く魅力的に感じる。身体の緊張が解けてゆき、先程迄感じていた憤りも恐怖も徐々に安らいで柔らかな夢の底へと墜とされる。依然として彼の瞳は美しい真紅で正常な思考を剥奪する。私はいつのまにか彼の背に両腕を回し、接吻を強請っていた。嗚呼、これでは神に顔向けなど出来ない。私は穢れて姦淫に沈んだ女。彼の真紅の瞳に誘発された私の姿が彼の瞳の中で溶ける。血液中に跋扈する甘い熱が解けたら私は聖典の中で罰せられた悪魔になっているに違いない。

著 / 鵯