【d!】愛執シネマティック【短編集】 (ページ15)

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革命的失墜/ eml ページ15

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「ご機嫌麗しゅう御座います、Aさん。」
「……還って。」

彼は悪魔の癖に非常に紳士的だった。聖典に記されている悪魔は片手の指では足りない程に存在するが、紳士的な悪魔は無に等しい。下賤で卑劣に描かれる其れ等はまさに幼子の想像する悪を真髄迄煮詰めた様な刺激的な代物で欲を剥奪させるのに十分な効力を持っていた。

「何を仰っておられるのでしょう。Aさんが私の帰り還り孵る場所なのに。」
「キモい。」

幼き頃シスターから語られた御伽話に登場する悪魔達。彼等は皆一様に人間に恐怖や災いを齎して消えてゆく。悪魔とは実に狡猾な反面、代償として私達に過ぎた願いは身を滅ぼすものだと優しく諭してくるのだ。そんな恐るべき悪魔は今、私の背後で口説き掛けていた。

「出来る事ならば、Aさんの子供として産まれてみたかったのですが、」
「口を慎め。」

彼の発言が腹立たしかった。私が生娘で相手もおらぬ娘ならいざ知らず。私はこの教会でシャオロン牧師と共に神に身を捧げることを約束した人柱。本来ならば悪魔と接触するなど言語道断。身の穢れも甚だしいと見捨てられるに違いない。だが、私は彼に対抗する術を持たない。シャオロン牧師ならばもしかすると祓えたかもしれないが、今切り捨てられれば私は行く宛など無い。未亡人として白欲に塗れた日常を送ることは目に見えた。私は結局日誌を書きながら彼が一刻も早くこの場から立ち去らないかとばかり考えていた。

「その様なきつい御言葉も身に染みますね。」
「……」

彼が私の頭を寄せた。実体は無い筈にも関わらず、左頬に石宛らに冷えた彼の手の温度が染みた。彼の滑らかで癖の無い金糸が掠めて肌に触れる。彼の嘆息が右耳から直に流れ込んだ。湿気を孕んだ吐息は鼓膜の奥を擽り、じわりと正常な思考を冒してゆく。

「もっと私に晒してください。私はAさんを知りたい。」
「……いい加減にしろ。」

思わず万年筆に力が籠る。それはみちみちと嫌な音を発した後、首がぽきりと折れた。中に染み込ませたインクがびちびちと机に黒い液溜めを作る。宛ら悪魔の血液の様だ。実際に悪魔の血など見たこともなかったが。日誌にはインクが飛び散らずに済んだが、万年筆を一本無駄にしてしまった。