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どれくらい時間が経ったんだろう。
雨雲で暗かった部屋が、今度は夜の闇に包まれてる。
「ただいま」
ガチャりと鍵が開く音が聞こえて、何も知らない恋人が帰ってきた。
まさか、おれがあの瞬間を見てたなんて夢にも思ってないんだろうね。
「いのちゃん?居るの?」
訝しげな声が真っ暗な部屋に響いた。おれが、この家にいることを疑わない声が白々しい。
おれは今まで従順に、外出する時には裕翔に連絡を入れてたから。「どこに、誰と」。裕翔がそれを望むから、縛られることさえ幸福だった。
ねえ、裕翔、
おれは裕翔が好きだよ。
裕翔は一体、誰のもの___?
「おかえり、裕翔」
ゆらりと立ち上がれば、おざなりに髪を拭ってたタオルが床に落ちた。
「こんな夜まで、何してたの?」
右手にはずしりと重たい感触。いつの間にか差し込んだ月明かりが、むき出しの刃に反射する。
「裕翔は、おれが好きなんでしょ?」
「いの、ちゃん?」
「好きなら、答えろよ…!」
震える手が、壊れた心が、鋭い刃を恋人に向けた。
「ほんとは全部我慢してた…っ、友達と出かけるのだって、飲み会だって、裕翔が嫌がるからって断ってばかりで辛かったんだよ?でも、裕翔が好きだから、受け入れてたのに…っ、おれ以外見ないでよっ、おれ以外を好きにならないで…っ」
あーあ、泣きたくなんてなかったのに、カッコ悪い。でもいいや、もう取り繕うのはやめる。
信じてたから、何でも言うこと聞いた。好きだから、愛してるから、握られた手を振りほどかなかった。
だからね、裕翔、
裏切るなんて許さない。
おれを捨てるならこのままお前の前で___
虚ろな目で踏み出した一歩は、優しい腕に抱きとめられて留まった。
力の抜けた手のひらからカランと音をたてて、包丁が滑り落ちた。
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作者名:こさこ | 作者ホームページ:http://ma-no homepage
作成日時:2018年6月13日 21時