鼠のスパイは混沌の中で焦燥に駆られる。【中原中也】【ドストエフスキー】

本日の御予定2 ページ24

──本日は11月11日。棒菓子の日である。


お気に入りの革手帳に数か月前から星印をつけていた。赤ワイン色のカーディガンは着る前に毛玉を取り、いつもより少しだけ化粧を念入りに。

パソコンのキーボードを叩く指は軽快。そしてかつ迅速に仕事を進めてゆく。



「これ印刷し終えたらサイン御願いします小原さん」

「誰が小原小也だぶっ潰すぞ」

「火曜までに御願いしますねー」



Aにとって今日は単なる菓子の日ではない。

彼女の恋人、フョードルがこの世に生を受けた日なのである。


※※


「お誕生日おめでとうございまーす！！」

「……部屋に入る時はノックを、と伝えた筈ですが」

「残念ながら今の私は思念体なので物体が触れないのです」

「なら帰ってください」

「待って！？」



異能の応用で、契約相手を中心に半径５メートル内ならば自由に動き回れる思念体。

この思念体を使って、Aはフョードルに逢いにゆく。

本体は睡眠中のような状態で、ある程度の衝撃が加わると、直ぐに意識は本体に戻ってしまうのだ。



「私、これでも頑張って仕事終わらせてきたんですよ？」

「そうですか、それは御疲れ様でした」

「もっと労いの気持ちを──」



Aのセリフが途中で止まった。目の前にフョードルの顔があったからだ。

否、先程も彼女の正面にフョードルは座っていた。


しかし彼は身を乗り出して、もっと近く──ゼロ距離。


勿論彼女は物体に触れることができないので、唇で唇を塞がれていないし、キスと呼べるものかすら怪しい。


単なる戯れに過ぎない。


けれどそれで善い。
片や組織の頭目、片や敵陣の真ん中。いつ死ぬかも判らない、これで逢うのは最後かもしれない。



だから、恋人達はその戯れを楽しんでいた。




――――――――――――――

すみませんでした。何がと言われれば日付の話です。ドストさんお誕生日おめでとう(大遅刻)

タイトルが2なのは1の続きだからです。

去年の11月11日に「幹部は苛立ちのあまり部下を殴りたい衝動に駆られる」の方で更新させていただきました。

※更新再開のお知らせ※→←状況は転換する。

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