鼠のスパイは混沌の中で焦燥に駆られる。【中原中也】【ドストエフスキー】

突破 ページ11

異能力「独歩吟客」。本来ならば国木田の異能だが、手帳の頁を服裏に縫い付けることによって谷崎の詠唱から異能の発動が可能になった。

出現した畳み刀によって谷崎の拘束が解ける。そのまま自身の異能力「細雪」を発動し、自分が三人になったかのような幻影を見せる。
立原がその三人の眉間を撃ち抜くと、霞になって消え去った。全員が幻影だ。


「撃つな立原！我等の位置も変わっている……下手に動けば、味方に中る」


唯一の出入り口である扉の鍵が閉まった音がする。この部屋で我等を仕留める心算か、と広津が渋い顔をした。何処から来るのかも判らない攻撃に備える。
鈍色の刃が閃き、背後から銀に襲い掛かった。広津が斥力を使って谷崎の腹を殴打すると、彼はまたもや煙のように消えてしまった。

現れては消え、消えては現れていた攻撃がそれを最後にぱたりと止んだ。
それは、最早此処に谷崎はおらず、彼等が部屋に閉じ込められた事を意味していた。


「奴の狙いは最上階──動けぬ首領を暗殺する気だ」


※※


「正面口を固めろ！」

「誰も入れるな！」


怒号が響く。革靴が床をする音が一人、二人、沢山。数十人はいるだろうが、その全員が重火器を所持している。
正面口というのは、たった今谷崎がくぐった重厚な扉の事だ。すれ違った構成員達を一瞥し、彼は忍び足で一歩ずつ歩いていく。

建物というのは、一軒一軒雰囲気が違うものだ。彼がこの廊下に一歩足を踏み入れた途端、それが洗練された物になった。金を掛けていると一目で判る、しかし決して下品でない雰囲気。
最上階は近い。


角を曲がると、先の方に構成員が一人、壁に寄りかかっていた。何やら端末をいじっている。見張りだろうか、しかし此方からでも窺える此方からでも窺える、緊迫した表情ではない。此処まで刺客が侵入してくることは無いと思っているのだろうか。
谷崎はこの構成員を刺すかどうか逡巡した後、素通りすることに決めた。余計な騒ぎは起こしたくないし、若しかしたら彼女には生体センサーが付けられているかもしれない。

彼女が凭れているのとは反対の壁に沿って、細心の注意を払い乍らそっと踵を落とす。


その瞬間、視界が反転した。
程なくして、彼は構成員に床に押さえつけられたのだと理解した。



「谷崎潤一郎君、つっかまーえた」



琥珀色の髪がさらりと垂れる。
夜明の空のような双眸が谷崎を捉え、すうっと細まった。



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久しぶりの夢主ちゃん登場です。

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