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慌て過ぎた私はその落とした道具の何かを踏んでしまいそのまま足を滑らした。
「!!」
転ぶ!と思って目を瞑ったが予想した痛みは感じられない。けれど、自分が誰かに乗っている感覚とガチっと自分の歯が何かに当たる感覚に違和感を覚える。
恐る恐る目を開けると目の前には先程のクラスメイトの顔がドアップであり、私は彼に覆い被さるように体を預けていた。
咄嗟に彼から離れるように距離を取る。
「っいって…A、怪我は、」
きっと多分、一部始終を見ていた彼は危ないと思って咄嗟に私を助けてくれようとしたんだと思う。
だとすれば目の前にいる彼は完全に貰い事故の被害者で何も悪くない。ほら、私の心配をするような声をかけてくれてるんだからちゃんと返事しないとだめじゃん。
そう思うのに、彼が唇を押さえる姿を見て、少しだけその部分から流血しているのが見えて言葉が思うように出てこない。大丈夫、ごめんね。そう言わないといけないのに、彼の唇を抑える姿に動揺が止まらない。
「(…もしかして、今…私っ)」
ある嫌な予感が頭に浮かび急いで自身の唇を手の甲で押さえつけた。そして次に頭に浮かんだのは…
「っ佐野…くん」
バッと振り返って佐野くんの方に目を向けると、目をまんまるに見開いた彼がこちらをしっかり凝視していた。
「おい!待てA!!」
「っ…!」
何で逃げてるんだろう。
まだ授業中だと言うのに私は廊下を走り回っていた。
そして後ろからは鬼の形相で追いかけてくる佐野くん。彼の視線にも、起きてしまった出来事にも耐えきれなくなった私は、クラスメイトの男の子には申し訳ないけれど逃げるようにその場を去った。
どうしよう、どうしよう。
走りながら何度も口を手で擦りつける。
「おいA!逃げんな!止まれ!」
「っ、や、やだ!こないで!
「ちっ!待ってって言ってんだろ!」
運動神経のいい佐野くんから私が逃げられるはずもなく、簡単に彼に手首を取られ捕まえられてしまった。佐野くんはハァハァと肩で息をしている私の両肩をがっしり掴んで向かい合うようにして声を荒げた。
「手間かけさせんな!何で逃げんだよ!!」
「…っ離して!」
「ただの事故だろ!」
「…っ、そう…だけどっ」
「オレは全然気にしてねぇよ!だからお前も気にすんな」
「っ、む、むりだよ…」
「あんなんただ皮膚と皮膚がぶつかっただけだ」
「っ!」
「あんなのキスじゃない。
キスじゃねーよ」
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作者名:柴咲華 | 作成日時:2021年8月10日 23時