君のとなりで (ページ4)

今日:36 hit、昨日:13 hit、合計:12,071 hit

- ページ4

「しんたろー！早く早く！」

「こーら。病院じゃ走らないって約束しただろ？」

大きな病院のなかを走る俺と、呆れ顔で後ろをついてくる慎太郎。

「あ、樹。こんにちは。お母さん、樹がくるのすっごく楽しみにしてたんだけど、ちょうどさっき寝ちゃったんだよ。」

残念そうな顔でナースステーションで迎えてくれた櫻井さん。

「えー…ママ、最近ずっと寝てばっかりだから早く行こうって言ったのに！
慎太郎のバカ！」

人目もはばからずわめき散らす俺に、施設じゃいつも言い返してくる慎太郎は何も言わなくて。

それになんだか無償にイライラして、慎太郎を傷つけたい訳じゃないのに口が止まらなくて。涙も止まらなくて。

「代わりにさ、手紙書こうよ。」

「手紙じゃなくて、ちゃんとお話したいんだもん！」

「えー？お母さんは、もし自分が寝てる間に樹が来てもお話できるように、お手紙書いてたんだけどなー。
樹が書かないっていうなら、お話できないな。残念だなー。」

そんなとき、いつも俺の心に寄り添ってくれたのは櫻井さんだった。

「お母さんはね、病気と闘ってるから、どれだけ起きて樹に会いたいって思っても、難しいときもあるの。そういうときは、これからもっと増えていって、いつかお手紙を書くのも難しくなる日がくる。だから、できるうちに、いっぱいお話しない？」

・

久々に、昔の夢をみた。

家は物心ついた頃から母子家庭だった。寂しい思いはしなかったといえば嘘になるが、ママは愛情いっぱいに俺を育ててくれた。

そんなママが、険しい顔で癌が見つかったことを俺に告げたときの顔を、今でも鮮明に覚えている。俺の前では涙はみせなかったが、その後ママに抱きついたとき、ぐっしょり濡れた袖口が俺に触れた。

ママが入院するにあたり、俺はこの施設で生活することになった。きっと、少しだけ我慢したらまた2人で暮らせる。そう信じていた俺とは裏腹に、ママはみるみる痩せていって、部屋も引っ越すことになった。今なら分かる。治る見込みがないから、緩和ケアの病棟に移ったのだと。

そこで出会ったのが、看護師の櫻井さんだった。ママの病状をどれだけ大人に聞いても、「早く良くなるといいね」と耳障りの良い言葉しか返してもらえなかった子どもの俺に、櫻井さんだけはしっかり現実と向き合うことを教えてくれた。

いつか、俺も櫻井さんの立場に回れたら。

まだ風磨が寝ているなか、ひっそりとベッドを抜け出した俺は、進路希望調査に堂々と近くの公立の看護学校の名を書いた。