君のとなりで (ページ1)

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J　はじまりページ1

セミが大合唱を響かせるなか、溶けそうになりながらもようやく学校から帰還した。

大きな玄関で靴を脱ぎ、学校のように並んだ下駄箱にそれをしまう生活も、もう10年になる。

体がやけに重いのは暑さのせいだけではなく、背中のリュックに丸めていれた、進路希望調査のせいでもある。

受験の天王山ともいわれる高3の夏休み直前、投げやりに「就職」の項目に丸をつけた俺の進路希望調査は、「もっとしっかり考えろ」という担任のありがたいお言葉とともに、すぐ戻された。

考えろたって、現実は厳しい。自分で言うのもなんだが、学力的にはまぁ普通に4大を狙えるレベルかもしれない。もしも普通の家庭に生まれ育っていたら、塾にも通い、そこそこの大学に進学しただろう。
でも、俺には頼れる家族はいない。奨学金を借りれば良いなんて言うが、進学のために借りた奨学金の返済のため、厳しい生活を強いられているなんて話は、耳にタコができるほど聞いた。

希望を持って裏切られるくらいなら、着実な手を選びたいと思うのは、大人たちにとってそんなに悪いことなのだろうか。

なんてことをモヤモヤと考えながら、施設内の自室へ向かう。

「お帰りなさい。」

高校生男子のフロアに来ると、この春から新しく俺の担当になったAさんが、モップを掛ける手を止めてこちらを向いた。

「ただいま。」

俺の返事を聞くと、すぐにまた目線を床に戻す。
俺が陽キャに見えることもあり、男女問わずノリノリで話し掛けてくるヤツが多いこの施設で、淡々とした彼女は浮いていた。

別に、仕事に熱がない訳ではないと思う。ちょうど掃除をしているように、仕事はしっかり丁寧にこなすタイプだ。

ただ、いまだって職員室で繰り広げられている、女の先生達の井戸端会議には参加しないし、豊かに感情を表したりはしない。

何を考えているか分からないというヤツも多いが、それが俺にはちょうど良かった。

「進路希望調査、突き返された。」

彼女なら、俺の進路について担当として何というんだろう。

フロアに2人きりということも相まって、思い切って少しよれた紙を突き出した。

「投げやりに決めるなってことなんじゃないかな。」

私も昔、先生に同じことをいわれた。なんて彼女が続ける。

「なんだよ、それ。」

「結局、私だって先生だって、他人の人生の責任は取れないから。
悩んで決めるしかないんじゃない？」

別の職員が担当のヤツは、この会社に就職しろと言われたと愚痴っていたのに。
どこか、そんな風に決めてくれるんじゃないかという淡い希望は綺麗に砕かれた。