【路地裏の百物語】浮世の沙汰は諸行無常【派生作品】 (ページ26)

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　いや違う。ずっとワタリのみをレイスは見ていた。よく見れば口を小さく動かしている。

ーーワタシノカラダカエシテ。

「！」

　地蔵は気付いた。どうやら根本的な間違いをしている、と。別にこのレイスはＬの命をを狙っている訳ではない。
　狙っているのは、ワタリの身体であった。
　憶測が頭を過(よぎ)。地蔵が今考えていることが正しければ、きっとそれは──。

「なぁ、ワタリはん」

　あくまで声色は変化なく。問い掛けるように隣で目の前のレイスに威嚇する猫に尋ねる。

「あんさん、ほんまに"ワタリはん"？」

　途端に威嚇が止んだ。空間を占めるものは痛いほどの沈黙。薄っすらと見える視界が不気味さを増している。
　猫は地蔵の方へとゆっくりと顔を向けた。夜のため瞳孔は丸くなっている。見た目こそは愛らしい猫だが、その見た目と相反して異様な雰囲気を醸し出す。
　にこりと口元を歪ませた猫は、人の言葉を発した。

「ばれちゃった」

　おかしそうに、愉快そうに、猫は笑う。地蔵はやれやれと肩を落とした。鑑識眼は決してよくもないのだが、比較的長生きしている方のため人を見る目には多少なりとも自信はあったのだが、どうやら当てが外れてしまった。此度の相手は猫であったが。

「畜生相手はあきまへんなぁ……」

　そうぼやきながらも地蔵は隣で愉快そうに自身を見上げてくる猫を見下ろした。猫は変わらず人間臭い表情を浮かべて笑っている。
　レイスは、いやワタリ自身は永遠と「私の身体を返して」と機械的に述べているのみ。その言葉にどれほどの思いがあるのかは想像しかできない。だが、この猫の身体を乗っ取っている何かがワタリに対して、悪いことをしていることだけは間違いなだろう。
　あくまで攻撃的な体勢をとらない。むしろ地蔵のことを舐め腐っていることは猫の余裕綽々した態度を見れば言わずともわかるだろう。人は見た目ではない。まぁ、地蔵は地蔵菩薩と呼ばれる仏様に分類されるため、該当しないかもしれないが。
　だが地蔵は怪異だ。ある条件が揃えば対象者を祟ることができる。

「猫に説法とか、まるで馬の耳に念仏みたいやなぁ」
「私に説法したところで、この身体は返さないよ？」
「そりゃああんさんは返さんやろうね」
「ならどうするの？」

　そんなもの。

「物理で無理やり出すに決まってるやろ」

　地蔵はにこりと愛らしい笑みを浮かべると猫に向かって──。