蓼食ウ虫モ好キ好キ*KN*3 (ページ23)

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遠くで音がする。
私を呼ぶ声もする。
真っ暗な闇に、手が伸びてくる。

『A・・どこ行ってたんだよ？・・ったく(笑)』

少し冷たい、でもふわふわの可愛らしい手が私の頬に触れて、自分の手を重ねようとした・・

けど・・

「・・和也？」

触れたのは、自分の冷たい頬。
まだ日は昇りきっていない。もう、朝になるんだ。

メイクも落とさず寝てしまった。
シャワーでも浴びて目を覚まそう。
ユニットバスの鏡の映った自分の顔。やっぱり顔色はよくない。でも今朝と違うのは、頬が濡れていたこと。

「何やってんの、私。バカみたい。」

自分から離れておいて、アイツの名前を呼ぶなんて。
しかも涙でメイクが落ちたぐちゃぐちゃの顔で、笑うしかないや。

シャワーと一緒に、全部を洗い流す。
携帯用のアイロンで、なんとかスーツを延ばして部屋を出た。

そういえば・・朝食はどうしよう。
考えてなかった。

ふと小さなダイニングテーブルが目に留まる。
その上に、キレイな字で書かれた紙が置いてある。

“朝飯も作ってくれると、嬉しいな♡”

ユミには言えないけど・・社長は女心を熟知してらっしゃる。絶対に。

勝手に冷蔵庫を開けて、勝手に調理器具を使って、勝手に盛り付けて並べていく。
こんなに手の込んだ朝ごはんは久しぶりだ。

「めちゃくちゃいいにおいがするー。」

「あ、おはようございます！勝手にいろいろ拝借しました・・」

「いいって。そのつもりでアレ、書いたんだから。」

「私は先に出ますね。ごゆっくりしてください。」

朝食が食べられる店を検索済みだから、バッグを肩にかけて部屋を出ようとした・・

「一緒に食お？一人じゃ食べきれねーし。」

「いや、でも・・」

「俺の朝飯じゃなくて、Aちゃんのと二人分お願いしたつもりだったんだけど？」

そういえば・・
量が多かった気が・・

「座って！コーヒーは俺が淹れるから、一緒に食べよ？ね？」

強引に手を引かれ、座らせられる。
また、さりげなく頭に触れた社長の手から、アイツのタバコのにおい。
鼻の奥がツンと痛くなった。