キャニング・ウルフ -S.Hirano-

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「純朴も岸くんのファンなら、引退の噂知ってんだろ？」



唖然として目の前の同担を拒否する光線を出しているのに全く気付かずに話を続ける平野さん。



「…まあ」

「心配するな、岸くんは辞めないから」

「何でそんな無責任なこと言えるんですか？岸くん本人でもないのに」

「テレビでは放送されなかったけど、岸くん昨日言ってたんだよ。「このドラマで視聴率取れなかったら俳優やめる」って」

「…やっぱり本気なんですね、じゃあ何で？」

「それは俺が天才小説家だからだよ」



さっきとは打って変わって調子を取り戻した平野さんはもはや粉みたいになっていたバターロールをポトフに混ぜてもりもり食べている。



「どういう意味ですか？」

「言っただろ、俺も岸くんのファンだって。あれ書く時から主人公は岸くんって決めて書いてんだよ。実写化の話が来たときも、最初は別の俳優でって話だったんだけど、岸くんじゃなきゃ断るってごねたんだ」

「なんか、サイテーですね…職権乱用じゃないですか」

「お前それ本気で言ってんのか？岸くんの最近のドラマ見ただろ、あれ。あのクソ原作クソ脚本じゃ視聴率取れるもんも取れねぇっつーの。もちろん数少ない視聴者も喜ばねぇし。何より、岸くんの演技力を無駄遣いしてんのが許せない」

「そうなんです！岸くんの演技は最高なんです！！！」



平野さんの熱弁にオタクの血が騒ぎだし、握手を求める私。その手を取る平野さん…いや、握力。たぶん100キロぐらいある。骨折れそうなんですけど…



「だけど心配すんな。「26時の恋人」は俺の最高傑作だし、岸くん以外出来ない役だ。たとえどんなクソ脚本でも絶対視聴率が取れる」



自信満々で言う平野さんの目はキラキラしていて、確かに普段は傍若無人なヤンキーだけど、岸くんのために何もできない無力なファンの私なんかよりずっとすごいんだと思えた。

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