とある森の妄想族(短編集) (ページ20)

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花と恋詠(緑) ページ20

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このお話は非現実的な設定の上成り立っています。
何でも許せる方のみご覧になってください。

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10歳のとき、家に来たのは15歳の彼女だった。
たった5歳の差なのに、凄く大人に見えて俺は少し怯えていた。

詠を始めたのは、"将来結婚する女性(まぁどうせこの近辺のお嬢様だろうが)に気に入って貰えるように"という両親の意向で、彼女は叔父の知り合いの娘らしい。

"らしい"というのは、彼女はとても寡黙で当時何一つ俺に教えてはくれなかったために用いている助詞である。

彼女は毎週火曜日と木曜日に俺の家に来て和歌を一つ教える。初めて覚えた和歌は後撰集の参議等の歌だった。

あさぢふの小野の篠原忍ぶれどあまりてなどか人の恋しき

口説くための和歌であるから恋の和歌ばかりだが、俺はそれが退屈で退屈で。
だって、10歳の坊やに恋愛だの結婚だの、早すぎるやろ？

そんなとき、彼女はいつも俺の名前を静かな声で呼ぶ。
怒られる前の子どものように背筋が伸びるその声が俺は苦手だった。

小学校を卒業して、中学生になると和歌なんかよりもずっと楽しいものを見つけた。
ゲーム、漫画、そして異性との･･･

和歌の時間になっても家に帰ってこない俺の机に、彼女は毎回手紙のようにその日の和歌を置いて帰ってくれた。
季節にあった便箋に美しい字で綴られたその和歌に興味は無かったが捨てることは出来ず、机の一番下の奥に、一枚、また一枚と募らせていった。

中学校2年の冬、置かれた手紙に書かれた和歌が最後の和歌となった。

あひ見ての後の心にくらぶれば昔は物を思はざりけり

いつも添えられていた解説や現代語訳はなく、たった一枚和歌だけだった。
携帯で調べるとすぐに出てきた訳。

俺はその時恋に落ちた。

まるで俺に当てたもののようで、もしかして、もしかしてと考えを巡らせるうちに彼女に会いたくなって。

すぐに叔父に電話して彼女のことを聞くと、高校を卒業するまでの約束だったから彼女はもう大学に行くためこの街を出たという。
どこの街か、どの大学かは教えてくれなかった。

そういえば、彼女の名前は何やったっけ？

《Aさんですよ》

Aさん、何度もその名前を忘れないように唱えて最後の和歌の便箋に小さく書いた。

会いたいと言ったら笑うだろうか、もう一度その静かな声で俺の名前を呼んではくれないだろうか。

由良のとを渡る舟人かぢをたえ行くへも知らぬ恋のみちかな

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