失恋作家＜yb×hk＞

☆ ページ39

…



「コーヒーとココアどっちがいい？」
「優雅にお茶してる場合かよ…」



雄也は手のなかで缶を転がしながらガードレールに
体重をあずけた。その陰りのある表情に、
もう何度目だろう、昨日転送してもらった招待状が
脳裏をかすめる。





…


失恋のショックで髪がピンク色になった美少年

子供の頃から幼馴染を想い続けた綺麗なからだ
＜RENTAL ONLY １NIGHT＞


…





濃紺に金色の文字。
たった１度読んだだけなのに、焼きついて離れない。

自傷行為で片目を失った元女優や、度重なる整形で
人形化したキャバ嬢。そして、ひかるが出品される。


レモンカー、レモン市場…。
”レモン” は中古の欠陥品を意味するスラングだ＿＿。





「サラリーマンって、しんどいよね」





雄也は春先のそよ風みたいにやわらかい声で言った。





「満員電車はキツイし、理不尽なルールばっかだし、
自分は全然悪くないのに頭下げなきゃいけないし…。
せっかく頑張っても「将来のために貯金しろ」って
説教されるしさっ…」





雄也がふいに空を見上げたけど、俺はやめておいた。

仕切りのない空を飛び回っている人間を見上げると、
ビルにぐるりを囲まれた生き方がどうしようもなく
窮屈に思えるときがある。



それは例えばお星様野郎や、例えばひかるみたいに。

俺は、雄也がそういう逃げ場のない悔しさを抑えて
この一件に関わってくれている事を忘れかけていた。





「でもね、俺はいつかわかる日がくるって信じてる。
この為に頑張ってきたんだなって。この人守る為に
働いてきたんだなって……薮くん見ててそう思った」





雄也は一呼吸置いてから「俺知ってるよ」とこぼし、
真っ直ぐに俺を見つめた。





「薮くんアプリでお小遣い帳つけてるでしょ？」
「なっ…んでそれ…っ」


「買いたいもの我慢してお金貯めてたんだよね」





雄也は水晶玉でも見るような瞳で俺を見た。

もうすぐで夢に手が届くって時、もしくは食うのに
困った時に。金の力でひかるの愛が買えるかもって
ずるいことばかり考えていた俺を。





「サラリーマンにはサラリーマンの使命がある
って、俺薮くんから教わったよ」





雄也が缶コーヒーを俺の胸にぐっと押し当ててきて
分厚いセーター越しでもじんわり、と熱くなった。
ガードレールにもたれ、コーヒーを口いっぱい含み
勢いよく鼻から息を吐く。

夜を待つイルミネーション、もうこわくはなかった。





「薮くんって都会のリスだね」
「りす？」
「コーヒーもお金も貯め込むから」
「……うっせ」





☆第９話：都会のリス☆

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