白と黒の奇跡 (ページ1)

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A「いらっしゃいませ！何名様ですか？」

時刻は12時過ぎ。
お昼休みのサラリーマンで大混雑の店内。
私は今日も満席のテーブルをかき分けるように忙しく走り回っている。

A「3番テーブル、生姜焼き定食一つと肉じゃが定食一つね！」
母「はいはい、了解！５番さんもう出るよ！」

母の作る料理をどんどん運んでいく。
お客は皆、美味しそうにその料理を頬張り、幸せそうな笑顔を浮かべる。

ここは下町の商店街。
その片隅にある、小さな定食屋「タエお母さんの食堂」ーーー

15年前、父が経営に失敗し、多額の借金を残して蒸発した。
借金取りに追われた母は、幼い私と弟を連れて転々としながら父を探し続けた。
しばらく経っても父は見つからず、母は借金を返すためにこの店を立ち上げた。

(客1)「ごちそうさまー。今日も美味かったよ！」
A「いつもありがとうございます！またお待ちしてますー！」

(客2)「おばちゃん！Aちゃん！私やっと就職決まったよ！」
A「わぁ！おめでとうございます！」
母「まぁ！おめでとう！今日はおばちゃんからのお祝いでデザートサービスしちゃうよ！」
　

母の手料理を毎日楽しみに来てくれる常連客との交流は、私にとって何よりもの楽しみだ。

『就職かぁ…いいなぁ…。』

『私もいつかは大企業で働いてみたいな…』

客の帰った後のテーブルを片付けながら、ぼんやりとそんな事を思い浮かべる。
と同時に、高卒で借金返済のため働く自分の現実がぐっと胸を突き刺す。

『……人は人！私は私！まずは借金返済！それから弟も絶対に見つける！』

借金取りから逃げるように転々と夜逃げを繰り返していた頃、火事に巻き込まれて弟とはぐれてしまった。

当時弟はまだ五歳と少し、生きていれば今頃二十歳になっているだろう。

『お父さん、ぼんぼんがそっちに来ても絶対に追い返してよね…。』

5年前に遺骨となって私達の元へ戻ってきた父に、私は毎日そうお願いをしている。

母「さて、と。お母さん買い出し行ってくるから、Aお酒の受取お願いね。もうすぐ持ってきてもらうように言ってあるから。」

ランチ営業を終えて一時閉店した店内の片隅で、母が仏壇にお供えをしながらそう話した。

了解、と私が答えるのをかき消すかのように、威勢のいい声が響き渡る。

純「ちわーーーっす！Aお疲れーー！！