第十話 ページ11
織田作さんの背の上で揺られながら、酒の入った私が今日話した事を静かに思い出していた。
「私、生まれて此の方幸せになれた試しが無いもので。」
あの頃は、不幸なのが当たり前だった。
ああ不幸だと思っていると、この世は日に日に詰まらないものになっていた。
「だから考えを変えてみたんです。」
この不幸は神様からのプレゼント。人にとっての不幸こそが私にとっての幸福なんだ。
人の幸福と同じぐらいに私には不幸が用意されているんだ。ならば楽しんでやらなくては。
やがて私は、もっと幸せになろうと人の命にまで手を掛け始めた。
手始めに家に火を着けた。なけなしの金を持って一人暮らし。
心の渇きは、いつだって死体が流す血で潤してきた。
だから、人と同じ幸せを掴む事は、今までの私の幸福を否定する事と同じだった。
「良いんじゃあないかな」
そこまで聞いて、織田作さんは口を開いた。
「太宰は確かに、少し浮気性な所もまぁ、なきにしもあらずだけど…」
語尾がどんどん小さくなっていく。織田作さんにまで言われてしまう太宰さんは相当だ。
「それでも、俺の自慢の友だ。必ずやお前を幸せにしてくれるに決まっている。」
そうハッキリと断言した。さっきはあんなに泳いでいた目も、今は私をしっかりと見つめている。
「だから、ちゃんと幸せにして貰えば良い。もっと欲張っても良いんだ。」
「…織田作さん」
「あ、少し熱くなりすぎたな。すまない、忘れてくれ」
ばつが悪そうに顔を背けた。酒の所為も相まって、鼻の頭が真っ赤になっていた。
「私がもしも太宰さんと出会えていなかったら、織田作さんに惚れてしまう所でした…」
「買い被り過ぎだ。」
「でも…太宰さんと出会えていなかったら、織田作さんとも会えていなかったんですよね。」
外方を向いていた彼は、弾かれた様に此方を向くと、私の顔をまじまじと眺めてから、笑った。よく、笑う人だ。
「運命とは、上手く出来ているんだな」
「まったくです」
帰り道、彼の背の上で揺られながら、私は思い出していた。
運命に選ばれる事のない二人の話。
これからもまた思い出すことになる話。
織田作之助と交わした、最後の話。それから酒の味。
もう二度と味わえないと知ったのは随分と後の事だ。
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作者名:シリカゲル x他1人 | 作成日時:2016年7月15日 2時