俺の胸倉を掴んでくれ (ページ30)

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side 紫

『おはよう。』

部屋から出てきたAはすごく綺麗だった。

俺が紙にあんなこと書いたから俺の要望に合わない服で来るだろうなって予想はしてたんだ。でも…

Aは色味の抑えた地味な格好を意識したつもりなんだろうけど、レースとか花柄とか可愛いものが何もないぶん上品さが引き立てられてて、Aの雰囲気とよく合ってる。
俺が隣に並ぶのが申し訳ないぐらい綺麗だった。

「今日も綺麗だな。」って言葉は華麗にすり替えられちゃったし、俺がAを想って選んだ鎌倉にも『そっか。ありがとう。』って淡々とそれだけだったけど。

でもいいんだ。だってさっきのAの態度はだいぶ俺を意識してくれてる証拠。

ーーーーー

二人で電車に乗り込んで偶然にも空いた席に座った。
左隣からはさっきまで気づかなかったベルガモットの香り。いつもAに近づくと香るAにピッタリのいい匂いがする。

「Aはさ、京都のどの場所が好きなの？」

『これから鎌倉に行くのに京都の話するの？笑』

「うん、京都の話しよーよ。笑」

きっと本人は気づいてないんだろうけど、今日初めてクスクス笑った。

『そうだな。貴船神社は楽しかったな。永観堂もすごく綺麗だったよ。龍安寺ももう一回行きたいな。あそこは何回行っても楽しい。』

「ほんと好きなんだね。笑」

『うん。もう5回以上は行ってると思うな。』

「俺も龍安寺は中学の修学旅行で行ったな。なんか時間の関係とかで担任にすぐ場所のネタバレされたんだよね。俺ちょー頑張って探してたのに。笑」

『ふふっ、残念だったね。笑
でもわたしも自分では見つけられなかったな。』

「そっか。俺はもう全部見える場所忘れちゃったなあ。」

こうやって恋愛が絡まない話をしてる時はAが一番素を見せてくれる気がする。
俺はこの時間が好きだ。

『わたしは覚えてるよ？』

「うそ。ずっと覚えてんの？」

『うん。ずっと覚えてるよ。』

「すげーな。笑」

『そうかな？でも好きだからかな。』

「好きって俺のことが？笑」

『龍安寺のことだよ。』

恋愛が絡むと途端に素顔を隠すけど。
でもそっちの黒い顔ももうとっくに好きになってんだよ。

…