俺の胸倉を掴んでくれ (ページ26)

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一刻千秋ページ26

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社会人の一週間はあっという間で、もう明日は彼との “ お出かけ ” の日。

あれからも彼はほとんど変わらなかった。
今週も三回家に押しかけて来て、用もないのにずっと居座って。

…だけど変わったことが一つだけ。

手を出して来なくなるという変化。
あの夜以来、彼は何度会っても何時間一緒に居ても話しかけてくるだけになった。
のらりくらりと触れてこようとする手がなくなった。

わたしにとっては良い変化のはず。
彼の手を躱す為に神経を働かせてなくて済むようになったんだから。

でもいつもわたしの傍を彷徨っていた手が急に静かになってしまった。
あの温かい手がもう伸びて来ないことを悲しく感じるのは、……きっとわたしの手が冷たいから。

ーピコン

まるで頭を切り替えろって言われているようなメッセージの受信音。

送信者はー深澤さん

【今日は寝る前にAの好きな小説読んでね！】

……どういうこと？
待ち合わせの時間とか場所とか何も決めてないから、その連絡だと思ったのに。

不思議な気持ちで当てはまりそうな小説を探す。

……これかな？わたしの好きな米澤穂信さんの『氷菓』

パラパラとページを捲ると真ん中に紙が挟まっている。

ー明日10時にむかえに行きます。
俺が見たとたんにそっとうしちゃうぐらいかわいい服で来てね♡ー

ふふっ。なにそれ。

お世辞にも綺麗とは言い難い文字。
最後に♡なんてちょっと気持ち悪い。
それに “ むかえ ” ぐらいは漢字で書けるでしょ？

でも……こんなことされてちょっと嬉しいなんてわたしはどうかしてる。

それなのに今どうしようもなく彼の顔が見たくなった。
あのヘラヘラした顔で笑いかけてほしい。

……そんなこと思うなんてやっぱりどうかしてる。

そう思うのに、わたしの意思とは裏腹にわたしの手は近くにあったメモ帳を掴んでいた。

…