第28話 帰還 ページ30
「沈んだものかと…」
海中から這い上がって来た僕に対して第一声を発した輩に、羅生門を発動した。撃ち漏らした其の隊員は、我々の情報を他のマフィアに横流ししていた為、『任務完了次第、手を下せ』と直接、首領から命令されていた。短い悲鳴を遺して、屍と化す。
「何分沈んでいた？」
「ろ、６秒です」
別の隊員の答えに頷き、寒さと物足りなさを感じたまま、夜空を見上げれば、細い月が僕達の頭上で輝いていた。
海水を含んだ外套を、自宅の浴室に干し、其処にある鏡に映る己を見、一人呟く。
「濡れ鼠の黒外套…か」
自虐的な笑みを浮かべ、外套の外袋に入れていた、防水加工が施された巻物を取り出す。紐をほどき開けば、『連絡』と書かれた文字が、淡く紅色に光っていた。電話で云う、不在着信の仕組みだ。反射的に指先で触れようとした己を制し、乾いた手拭いで濡れた手を拭き、改めて触れる。空中に文字が浮かび上がり、元の世界に戻った僕と連絡を取ろうと試みた相手を、片手で足りる人数だが、右から順に調べる。
三代目は、『これも術の一つじゃ』と仰ったが、詳細は不明だ。五十音順に登録した人の中で、妻の名が光っている。
「…Aか」
名に触れた瞬間、其れは一通の手紙に形を変え、手元に落ちた。開封し、便箋の文章を読んでゆく。
『龍へ
こんばんは。日付が変わっていたら、おはようかな。
戻って早々、冷たい海水に浸かってしまい、肌寒くありませんか？ 嫌いだろうけど、ゆっくり風呂に入って、体の芯まで温まり、以前のように風邪をひかないでね。
貴方の世界へ行く手段が見つかるまで、どうか待っていて。
芥川A』
短くも簡潔な内容の手紙に、数時間前まで感じていた虚無感が、僅かに埋まる気がした。
翌日、本部に居る首領の処へ、報告書を持って行った時の事だった。エリス嬢と共に、見知らぬ女性が
「ああ、芥川君。元・幹部の北川君だ。20年ぶりだよ。此処に戻って来てくれたのは」
「新しい首領の顔も見てみたかったのでね。芥川と云ったな。私は、北川葛。君は、忍の存在を信じるかい？」
危うく肯定しかけ、否定する。そこで一枚の写真を手渡され、心臓を鷲掴みにされる感覚に陥った。
「其の娘は、私の実子だが、君が遊撃隊隊長に昇進した暁に殺してくれ。此れは個人的な依頼だ」
Aの幼い姿が、そこに映っていた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 28人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：エミリア | 作成日時：2017年1月9日 23時
