重力使い、絶賛悶絶中。 《中原中也》

第96話　双子の存在 ページ49

「中也。お待たせ」
「A。リョウって誰だ？」

　俺は、十数分後に、本館と南館の共通部分にあるロビヰに来た婚約者を、出会い頭に無遠慮に問い詰めたが、『ちゃんと話す。ここは駄目だ』と云われる。
　その真剣な表情に場所を変える事に渋々賛同し、挙式予定のホテル裏手にある、徒歩５分のカラオケ店に出向いた。彼女は、受付で機種を設定したものの歌う事はせず、時間内に全てを話す心積もりでいる。
　何時(いつ)もは隣同士に座っているが、今回は、テーブルを挟んで向かい合う形で腰を落ち着けた。

「リョウは。亮助は、カナダに留学中の双子の弟だ。中也とも面識があるでしょ？」
「面識？ 何時(いつ)だ？」
「７年前の夏。擂鉢街(すりばちがい)近くの廃墟で、学生服を着た男の子が、愛し仔(あたし)を誘(おび)き寄せる材料にされて、睡眠薬を注射器で大量に投与された時があったじゃん」
「嗚呼、あの餓鬼(ガキ)か。血塗(まみ)れで息も絶え絶えで、Aが、念のために俺に持たせた黄金色の丸薬(がんやく)が無かったら、彼奴(アイツ)は確実に死んでたな」
「その通りだよ。帰省するまで、存在も名前も完全に忘れてた酷(ひど)い姉さ。何はともあれ、リョウも中也に命を救われた身だし、『直接お会いして、お礼が言いたい』らしいから、連絡先は聞いたけどどうするかは中也次第だ」

　紙片(しへん)の上に手を添え、それを滑らせて渡されたが、それを前にして直(す)ぐ返答しなかった。

「…考えておく」
「まだ納得できない事でもある？」
「…否(いや)。無ェけど、Aが、俺の知らない男の名前を言うから、浮気されたかと思った」
「いくらなんでも、それは心外だな。あたしが好きなのは中也だけだよ」

　声の調子が下がっただけでAが怒った事が解(わか)った。

「あたしは、中也しか眼中に無いって前に言ったし、他の男性は問答無用で願い下げるよ」

　そこで怒気を含んだ言葉を切り、彼女が長椅子(ソファー)に座った状態で深々と頭(こうべ)を垂れた拍子に、綺麗な黒髪が肩から滑り落ちた。再会した時に肩甲骨まであった髪が、今は腰まで伸びている。

「事前に弟の存在を中也に話してなかったせいで、誤解を生んでしまったあたしに非がある。…ごめんなさい」

　婚約破棄(はき)もあり得た事態を、正直に話してくれたおかげで許し、仲直りした。

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