重力使い、絶賛悶絶中。 《中原中也》

第93話　新しい上司 ページ46

「…待たせたわね。エレナ。A。今回の会議で、新社長は、カミラに決定したわ」

　本日、11月７日付で退陣になった、元社長のダミアン・マーティンは人間だが、地位に座すうちに私欲に駆られていき、好々爺(こうこうや)とした表と、従業員の人外を裏競売に売り飛ばす出品者の裏の顔を使い分け、捜査を振り回すようになった。
　そして、取締役員の一人。ジゼル・サリヴァンは、人間の女性でスコットランド出身。その出生は、代々人外が視(み)え、妖精を使役し会話できる由緒ある一族で、屋敷に家事妖精(ブラウニー)が棲(す)んでいる。その体質を十分発揮できる会社に就職するため、フォーサイスコーポレーション本社がある英国ではなく、わざわざ日本支部を志望したと、直属の上司で人間の役員秘書・エレナ・カーターから伝え聞いていた。
　取締役会議終了直後で、表面上は淡々とした態度だが、口元に笑みを湛(たた)えていた。地下駐車場で待機中の車に乗りこみ、ジゼルさんの名字の由来である『黒い瞳』が動き、秘書の自分達に視線が向けられる。

「エレナ。例の書類を彼女に渡して」
「はい」

　発進した車内で秘書から手渡された書類を受け取り、記載されている情報に目を通す。添付されているはずの写真は、貼り付けられていなかった。対象者の名は、ハワード・Ｐ・ラヴクラフト。生年月日。年齢。性別。何(いず)れも不明。異能力者だと噂されているが、不確かな情報が多く、現段階で真偽を定められないが、アメリカに居る事だけは判明している。

「３日後の10日から17日まで１週間。アメリカに出張する時、私達と同行して欲しいの。旅費は、帰国後に出勤した時、エレナ経由で私に申請すれば、給料日に全額支払うから安心して」
「了解です」

　挙式目前に控えた大事な時期に、中也と一緒に週末を過ごせない事を胸中で悔やみ、帰宅後に謝罪すると決心した矢先、あたしの左手薬指に嵌(は)められている指輪に視線を落としていたジゼルさんから、素朴な質問が飛んできた。

「…ところで、Aは既婚者なの？」
「いいえ。今は婚約中で、今月の25日に挙式予定です」
「あら、おめでとう。そうなると、挙式の準備で忙しいわね。どうする？ 辞めておく？」

　ジゼルさんが、こちらの事情を鑑(かんが)みて気遣(づか)って下さるのは、理解できる。

「大丈夫です。婚約者には事情を話しますから、同行させて下さい」

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