重力使い、絶賛悶絶中。 《中原中也》

第86話　裏競売 ページ39

「100！」
「125！」
「200！」

　豪華な装飾が施された箱に入った、二つの『観賞用の記憶の欠片』に対して、次第に上がっていく金額に、俺は、目元が空いた仮面の下で冷や汗をかいていた。
　Aが得た年収億単位の収入は、幼い頃からこの事態のために、海外で自分名義の口座を開設して貯金していた。『最大額まで使って構わない』と俺宛ての手紙に書かれていた額は、10億円。グレートブリテンポンドに現在の為替額で換算すれば、約820万ポンドになる。

「400！」

　俺が金額を告げると、会場が静寂に包まれた。

『他に居ませんか？ …400万ポンドで落札です！』

　舞台上の照明が届かない客席側で、反射的に腰元で拳を作って歓喜したが、それは、記憶が無いはずのAと大我も同じだった。心なしか、口元に微笑を浮かべているように見えた。俺の眼前に座っている出品者の北川は、首の皮一枚繋がった命に、全身に走っていた緊張が解け、肩の力が抜けた事を確認して、共に案内人の先導で応接室へ向かう。
　きちんとしたスーツ姿に、樋口よりも色素の薄い金髪の、真面目な年若い男性が、俺の拙(つたな)い英語力に合わせて、ゆっくり丁寧に小切手の記入方法を説明してくれた。万年筆を机上に置き、男性が再び薄い唇を開いて言葉を発する。

「では、こちら400万ポンドのお支払いですね。この記憶の対象者の歳は、女性は20。男性は13。人種は、双方共日本人です」
「嗚呼。知ってる」

　『本人達が傍にいるからな』とは、たとえ、日本語でも言わずにおいた。そして、後方に立つ北川に一言声をかけると、怯(おび)えた様子で部屋を貸してくれるよう説明した。すると、金髪の彼は一度頷(うなず)いて席を立ち、両開きの扉へ足を進めて、それを開ける。北川の案内で、控え室へ行くには、会場入口とは全く違う円筒形の水槽の底から照らされる照明以外は、暗闇の通路を使うらしい。そこに闇に慣れてきた目で見ていくと、そのどれもが人外の類で、俺が知り得る限り、狼男や人形などの有名どころや名も知らない存在(モノ)も揃って鎖に繋がれて陳列され、呼吸をして生きてる。
　やがて、そこに到着し、出品者と落札者。商品にされかけた人物から抜き取られた硝子(ガラス)玉に見える記憶の欠片が、一堂に集結した。

「異能を解除しろ」
「は、はいィッ」

　淡い金色の光に包まれ、硝子(ガラス)玉が光の粒子となって、俺の眼前にいる愛し仔達の頭部を覆った。

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