重力使い、絶賛悶絶中。 《中原中也》

第85話　競売会場 ページ38

「中也兄さん。ここ、どこ？」
「競売会場だ。２人共、俺から離れるンじゃねェぞ」
『はい』

　この会場には、周囲に溶け込むように赤紫色の外套(ローブ)を纏(まと)い、目元が空いた無地の白い仮面を被っている。
　大我が攫(さら)われた日に、彼の安否と、暫(しばら)く自分の傍で預かる旨を千葉側の神崎家に伝え、Aは消化していない有休を６日分使う事で、彼の家族と彼女が勤めている会社の了解を得ていた。然(しか)し、１人で動いては心許(こころもと)無いため、生かしておいた男を一時的に解放し、伝手(ツテ)と英語力を不本意だが頼り、今回の旅に強制的に同行させている。そして、傍らに居るAと大我の身体だけは、旅券など必要書類の関係上、男を脅して異能を一部解除させたが、未だに記憶を一部失った儘(まま)だ。
　男──北川剛の本当の目的と、軍警が家宅捜索した際に出てきたノートに書かれた用意周到な計画は、今日に合わせて彼らの記憶を抜き取り、幼児になるまで身体を退行させた状態で売り飛ばし、小切手を換金して豪遊する心算(つもり)だったらしい。

「おい。ちゃんとコイツらの出品を中止したンだろうな？」
「し、しました！」
「嘘をついたと発覚した時点で、お前を俺の異能で潰してやるからな」
「ひぇ…」

　先月下旬に殺害したAの叔父の死に様を、部下が事前に撮った写真で見せた上、『渡航前後に余計な言動をすれば、人間の原型を留(とど)めない程の重力を味わわせてやる』と再度念を押したおかげで、多額のキャンセル料を現金で支払って、今に至る。

「あとは、アンタが『記憶の欠片』を２つ競(せ)り落とすだけでいい。そうすれば、『異能の愛し仔』は元に戻る。あれは、鳳凰や他の異能の加護でプロテクトがかけられているから、我々が容易に弄(いじ)る事は出来ない」
「行くぞ。A。大我」
『はい』

　青灰色の瞳に安堵の色を確認して、彼らは一拍遅れて、俺の外套(ローブ)の袖口を軽く抓(つま)んで、舞台上以外は照明が一切無い会場に入場した。


『こちらはプロテクトがかけられており、使用用途は観賞のみと限られてしまいますが、今回のオークションの中で出品された商品の中でも、大変希少(レア)な物です。では、セットで50から始めます』

　『鳳凰の愛し仔』の記憶の欠片は、50万ポンド。日本の金に換算して、6000万円から入札が開始された。

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