重力使い、絶賛悶絶中。 《中原中也》

第68話　行きたい場所 ページ21

「昨日はお疲れさん」
『ありがとう。中也のおかげで、上手く事が運んだよ』
「いや。Aの立ち居振る舞いと、言葉の選び方が善かったんだろ」

　双方共、数時間後にお礼の電話を互いの親や仲人(なこうど)に伝えているため、好印象を持たれたと思っている。あとは、挙式や新婚旅行の詳細を２人で打ち合わせしていくだけだ。

『…あのさ、中也。行きたい場所があるんだけど、今度の休日、予定ある？』
「首領(ボス)が、毎週土曜は休みにしてくれるように手を回してくれてる。だから、気にすんなよ」

　首を傾(かし)げ、肩でスマホを挟んだ状態で片手でフライパンを操り、宙に炒飯(チャーハン)を舞わせる。毎週と云っていいほど、結婚挨拶やら指輪選びやらが続いたせいで、胃の調子が可笑(おか)しい事は、婚約者には内緒にしていた。

「仲間と旦那の処だろ？」
『ああ』

　２人の共通する人物は、他にも居る。だが、報告しても返事は無い。彼奴等は、既(すで)に亡くなっているからだ。


　今月末に両家顔合わせが決定したが、今日は、墓参りと遊戯施設(ゲェムセンタァ)に行く以外、何も計画しない。そして、俺は、10本の赤い薔薇(バラ)を。Aは、紫苑(しおん)と呼ばれる薄紫色の花を、各自花束にして持参している。水平線が見える墓地の一番前に、彼(か)の人の白い墓石がある。その前に２つの花束を添えて、手を合わせる事無く、沈黙を保つ故人に対して話していった。

「よォ、蘭堂の旦那。元気にしてたか？」
「蘭堂お兄様。あたし達、結婚する事になりました。貴方が育てて、『先生』をつけてくれたから、生き延びて中也と再会できたんです」
「旦那が、俺を見つけてくれたから、外に出る事が。外の世界を知る事ができた」

　俺の足元で跪(ひざまず)いた儘(まま)の彼女と目を合わせなくても、次に何を云うのか判っている。

『ありがとう。絶対幸せになるから、見守っていてくれ』

　Aは、立ち上がった後に墓石を一撫でして、俺の傍らに並んで背を向け、何方(どちら)ともなく指を絡めて手を繋ぎ、潮風が吹き抜ける墓地を後にした。その足で向かう先は、羊の時に通い慣れた場所だ。

「此処に来るのは、５年振りだな」
「今日こそ、中也に格闘遊戯(ゲェム)で勝ってやる」

　羊の仲間が殺された建物も、墓石になる物もない。だから、墓参りの代わりに此処に寄る事を決めた。

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