重力使い、絶賛悶絶中。 《中原中也》

第49話　上機嫌 ページ2

「…なんか、今日の中也さん。凄く上機嫌だな？」
「あまり詮索するな。立原」
「…ッス」

　黒蜥蜴(とかげ)や部下達からそんな会話を聞いても、自分では上機嫌なのか判らない。至極真面目に仕事に取り組んでいる心算(つもり)だが、周囲の反応は、どうやら違うらしい。その日の夕方。首領(ボス)への報告書の束を纏(まと)め上げ、執務室の扉の前に佇(たたず)む。

「首領(ボス)。中原です」
「入りなさい」
「失礼します」

　入室の許可を得て、俺はそこへ一歩踏み出し、背後で二人の見張りが扉を閉めたのを確認して、部屋の中央まで歩み寄る。彼は、今、数枚の書類を手にした状態で、眉間に皺(しわ)を寄せて難しい顔をしていた。そこに、エリス嬢の辛辣(しんらつ)な言葉が投げかけられる。

「リンタロウ。そんな表情をしても、気持ち悪いのは変わらないわ」
「エリスちゃん。酷いなぁ」

　嘆息してから顔写真付きの書類を机上に置き、先程とは打って変わって、両の指先を交差させ、俺にいつもの微笑を向けた。

「中也君。昨夜は、花火大会があったけど、神崎君と観に行けたかい？」
「はい。求婚(プロポーズ)も、快諾してくれました」
「それは良かったねぇ。私も仲人(なこうど)として一緒にお祝いをしたいのだけれど、生憎(あいにく)、来月末まで予定が埋まっててね。都合がつかないんだよ」
「では、その間に、彼女のご両親に挨拶に行ってきます」
「解(わか)った。日程が決まり次第、君に回す仕事量も調整しよう」
「ありがとうございます。首領(ボス)」

　退勤間際に、直属の部下で酒飲み仲間だが、研究室に籠りがちな梶井から、久しぶりに酒の誘いを受けた。特に断る理由も見当たらないから、気さくにそれに応じる。


　グラスの中にある葡萄酒(ワイン)を、ゆらゆら揺らし乍(ながら)、当たり障りのない事を色々と話した。個室の居酒屋のため、大声を上げない限り、隣の部屋まで会話は聞こえない。

「ところで、ここ最近、調子が良いように見えるのは、僕の気のせいですか？」
「手前(テメェ)も、そう云うのか。俺は、至って普通に熟(こな)してるンだけどなァ」
「…あ。若(も)しや、女性関連で次の段階に進めた、とか？」
「嗚呼。そうだよ！」

　俺は、日本酒を呷(あお)る梶井に吐き捨てるようにして、素直に気持ちを吐露した。

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