第８話 銀仮面卿 ページ9
「足元が滑ります。お気をつけて」
声が出せないのをいいことに、タハミーネ王妃が身代わりを頼んできた。
あたしの手を引いているのは、ギーヴと名乗る胡散臭い男だ。ここは、王族だけが知る外に繋がる秘密の水路。ぽつぽつと暗い水路を照らすのは、風が吹けばいつでも消える、頼りない灯火。ざぶざぶと膝から下を水に浸し、無言で進み続けて、どれほど時が過ぎただろう。
「疲れたでしょう。少し休みますか？」
首を横に振ると、前を向いたまま男が告げる。
「無理しないほうがいい。王妃様の振りをするだけでも大変なのだから。あんたと王妃様とでは、肌の匂いが違う。たとえ、同じ香水を使っていてもな。あんたが身代わりになって、その間に嘘つきの王妃様を逃がす。そういう段取りだろ？」
タハミーネの頼みを引き受けた自分が忌々しい。自由な左手で、頭からすっぽり被った黒装束を剥ぐ。握られていた右手を少し離して、左手を添え、人差し指で文字を書く。
名は、A。声が出せず、本当にすまない。多くの戦友を失った日からこんな調子だ。触れて伝えることと、騎士として戦うことが、今の自分にできる役目だ。
顔を上げると口を半開きにしたギーヴが立っていた。
目の前で手を振り、彼をどうにか正気に戻す。我に返った旅の楽士は、目を輝かせ、がしっと力強くあたしの手を握ってきた。
「このギーヴ。あなたに惚れてしまったようだ！」
バカな事を言う男だ。
回れ右をした直後、あたしの聴覚は、ばらつきがあるものの、こちらに向かってくる複数の足音を捉えた。
視線で男に『後ろを向け』と命じる。それに気づき手を離す。灯火が照らしたのは、数名の部下を引き連れて、無言でたたずむ銀仮面を被った黒ずくめの一人の男性。両耳の赤いラアルの耳飾りが印象的だ。 だが、その後ろにいる人物に安心していた。
カーラーン。
口の動きで分かったのか、ちょび髭の彼が薄く笑う。銀仮面の男も微笑んでいた。
すまないが、あなたを知らない。
そう言おうとした矢先、仮面の男が言った。
「よく生き延びてくれた。A」
『っ!?』
この場にいる男達は、なぜ女騎士の名を知るのか疑問に思うだろうが、あたしは違う。
脳裏に、あの日の情景を鮮明に思い出していた。
(顔、まだ痛いよね。ごめんなさい)
(謝るな、A。俺は必ず帰ってくるから、お前はここで生き延びろ)
「お久しぶりです。兄上」
16年前、この場所で兄上と生き別れた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 42人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「オリジナル」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
エミリア1415(プロフ) - お久しぶりです、イヴィさん。季節は冬で、年末のマンハッタン。ベタだな…と自分でツッコミつつ、次の話を組み立てている最中です。 (2016年9月30日 10時) (
レス) id: 37abc421ec (このIDを非表示/違反報告)
イヴィ - キャー\(//∇//)\2人で旅行とは…！これはますます見逃せません！次話での展開楽しみです！ (2016年9月29日 23時) (レス) id: 5980d81e59 (このIDを非表示/違反報告)
エミリア1415(プロフ) - コメントありがとうございます。作者も、ここから話をどう組み立てるのか分かりませんが、最終的にはハッピーエンドにしたいと思います。 (2016年7月5日 22時) (レス) id: 37abc421ec (このIDを非表示/違反報告)
イヴィ - まさかの犯人ダリューン…これは予想外ですΣ（ﾟдﾟlll）驚きのMAXですどうなっちゃうの次話？！ (2016年7月5日 19時) (レス) id: 1461fa90cc (このIDを非表示/違反報告)
イヴィ - ありがとうございます\(//∇//)\凄く楽しみにしてたのでとても嬉しいです！何やら記憶も戻りつつあるようですし次回が今から待ち遠しいです！ (2016年6月22日 23時) (レス) id: 1461fa90cc (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：エミリア | 作成日時：2015年7月24日 22時
