【WT】きみは桜【kn】[完]

桜の花がひとつ。 ページ1

✼ 🟦 ✼




大粒の雨が窓を叩く音が、ラジオだけ流れる部屋に響き渡る。
この雨はまだしばらく続くと伝えるパーソナリティーの良く通る声。

だというのに、スマホからそれが聞こえた瞬間。
俺の中からそれらは一切の音を消した。



『きんとき……』

「A……？」



それは、忘れ去ろうと無理やり押し込んだ記憶だった。
押し込んだ、はずだったのに。

その声を聞いた瞬間、その想い出はいとも簡単に箱の蓋を開けて出てきた。

それは心に懐かしさと甘酸っぱさを呼び起こさせ。
そして切なさが心を締め付けてくる。

けれども、その声がすぐに泣いているものだと分かる程度には。
俺の中では色褪せていなかったのだろう。














通話を終えて、スマホを持った手がぱたりと腿の上に落ちる。
天井を見上げて少し考え込んでからゆっくり立ち上がった。

ラジオを止めて、エアコンも一応消しておく。

スウェットからラフな外行きの格好に着替える。
外は雨だし、気合い入れた服にする必要はないだろう。




頭には先程の声がぐるぐると回っている。
何年も会っていないのに、どんな表情をしているか想像できた。

けれど、それは結局あの頃の君なんだろう。



大人になった君を、俺はちっとも想像できないでいる。






上着を着て、スマホと財布だけポケットに突っ込む。
イヤホンを耳に挿して外に出たところで気づいた。
この格好じゃ寒いかと思ったけど、案外平気そうだ。

もう冬じゃないんだな。


鍵を閉めて傘を持つ。
歩き出したスニーカーはすぐに濡れてしまうかもしれない。

ビニール傘越しに街路樹の桜が見えてきた。






もうすぐ春を告げる桜が咲く。


俺と君が出会って、そして別れた春がくる＿＿＿






✼ ✼ ✼

ふたつ。→

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