【#コンパス】夏の微風と貴方の香り【短編集】

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「ガキの頃ってさぁ……」


何か面白い話はあったかと脳内の会話の引き出しをひっくり返していると、先にアタリに話題を持ちかけられた。


「夜更かしってめちゃくちゃ楽しくなかったか？今よりも」

「あーー……何となく分かる」


自分の中の子供時代……取り分け、夜更かしを覚え始めた頃の記憶を呼び覚ます。
遅くまで起きるな、早く寝ろと口酸っぱく言う親に隠れてする夜更かし。
廊下の足音に耳をそばだて、いつ見付かるか分からない焦燥感と背徳感の中でのそれは、確かにワクワクした気がする。


「平日は怖いから金曜とか土曜とか、次の日学校無い時にね」

「布団被って漫画読んだりゲームしたりしてな！」

「友達とオンラインゲームとかやってたなぁ……親来たって言って一瞬落ちる人いたり……」

「たまに永遠に帰って来ない奴いなかったか？」

「いたー！絶対見付かってるやつ！！」


一つ思い出せば芋づる式に当時の記憶が次々蘇り、思わず表情が緩む。
あの頃の深夜は今よりもっと特別で、それこそ夢のような時間だった。


「今は夜更かしって割と普通にやるもんなぁ……」


独り言を囁くように発せられた彼のその言葉は、まるでもう戻らない時間に憧憬するような、寂しげな色をしていた。

楽しかったあの時から、もう親に言われずとも自己管理出来る程度には大人になり、夜更かしも特別ではなくなってしまった。
それでも夜というのは不思議な魔力を持っているもので、その魔力に当てられればこんなセンチメンタルな事を考えてしまうものだ。


「大人になるっていい事ばっかじゃないね」


湿っぽい雰囲気を拭うようにわざとらしく明るく言うと、暫く間があってから階下から悪戯を思い付いたような口調が聞こえた。


「なあ、まだ眠くならないならさ、今日はこのままずっと起きてようぜ。朝まで起きてるってのはまだあんまりやった事ねーんだよ」

「……私もあんまりやった事ないな、それ」


悪巧みをするように、口の端を無意識に釣り上げる。
昼間も真夜中も当たり前になった自分たちにとって、夜明けを待つ時間は唯一残された特別なのかもしれない。

蒸し暑い今夜は、眠れなくても仕方ないから。

あの頃の時間は取り戻せないかもしれないけれど、誰かと共にだらだらとどうでもよい話をしながら、寝ずに朝を迎えるのも楽しいだろう。

そうでなくとも、気心の知れた人物と味わう夜明けは、きっと特別に違いない。

その手に込められた想いは【ソーン】→←夜更かしのその先【アタリ】

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