【wrwrd!】いろは唄戀【短編集】 (ページ1)

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筒井つの井筒にかけしまろが丈/tn ページ1

神聖な空気が満ち満ちた境内で、巫女さんを先頭に列を成した人々が静かに参道を歩いて行く。
朱色の傘は、彼と私を若葉の間から漏れてくる春の穏やかな陽差しから護るように差されていた。

愛情も何もない婚姻。この婚姻に、私の意思なんてひとつも無かった。

周りが全てお膳立てしたこの色打掛姿だって、私にとっては彼と私二人の未来を縛り付ける枷が具現化したかのような重さを持ってのしかかる重石。
角隠しから覗く私の憂鬱そうな顔は、周りにはさぞや神妙な面持ちに映っている事だろう。

初めて会った時の彼は、私のあまりの若さに驚いたのか深紅で切れ長の瞳をこれでもかと見開いていた。
事前に聞いていなかったのか、隣に居た彼の父親らしき人...お義父さまに何やら小言を漏らしていたっけな。

｢後はお若いお二人で｣なんて言葉で個室に取り残され、手持ち無沙汰に視線を泳がせる。同じように戸惑いがちのようだった彼は少し口篭った後、｢どうも、トントンです｣と、やや関西のイントネーションが混じった口調で自己紹介した。

｢初め、まして。一之瀬Aです｣
｢Aちゃんか、よろしくな。相手がこんなしょうもないおっさんで、がっかりしたやろ｣
｢いえ、そんな...トントンさんもこんな子供でびっくりされたでしょう｣

とんでもない、と首を左右に振ると、トントンさんは真剣な表情で｢いや、美人さんやと思うで｣と言い切った。

生まれてこの方、女子校という箱庭で育てられていた私。
彼のような男の人にも、素直な褒め言葉にも免疫なんてある筈がなく、俯いてじわじわと熱くなる顔を隠すしか術は無かった。

高校を卒業すると同時に告げられた縁談。
お相手は両親の古い友人の息子さんのようで、そこそこ私より年上の社会人らしい。そして両親と友人夫婦は、昔から自分達の子供を結婚させたかったのだそうだ。はっきり言って私にはどうでも良かった。

｢結婚は人生の墓場｣なんてよく言ったものだけれど、今の私にそれを笑う余裕なんてない。
誰かに相談したくても、知らない相手と結婚するなどと春からの大学生活に心を踊らせている友人達に言えるわけがなかった。

そんな相手と今日、私は神の前で婚姻を結び、今後の自分達の幸せを願う。
参道に出る直前まで、黙りこくった私が心配なのかトントンさんはちらりちらりと私の様子を伺っていたようだったが、今は真っ直ぐと前を見据えていた。
社会人だから仕方ない、ともう彼の中で割り切ったのかもしれない。