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きっかけは特になかった。
沙霧は普通に帰路についていただけだった。
だけなのに、沙霧は気付けばそこ(・・)にいた。

「はっ、はっ、はっ、はっ」

そこは、例えるならば色彩を反転させた野原のような場所だった。

息を弾ませながら、沙霧は逃げる。
追いかけてくるモノから、必死に逃げる。

それは、例えるならば歪な継ぎ接ぎの羊のような形をしていた。

『に、に、逃げても、無駄。す、す、す、すぐに疲れて、う、動けなくなる』

その声はまるで、蝶番が錆びた扉を開けた音のようだった。
沙霧は悲鳴を噛み殺す。そんなものを上げても体力の無駄遣いだと分かっているから。幸か不幸か、沙霧の喉は恐怖に押し潰されてしばらく使い物になりそうもない。

(なんで、なんで私がこんな目に───!)

沙霧の目の端から涙が数滴零れ落ちた。

(まだ死にたくない。お兄ちゃんのご飯も作ってないし、明日提出の課題だって終わってない。それに───それに)

私には、まだ。

やりたいことが、たくさんあるのに。



その時。



「あぎゅッ!!?」

あまりにも汚い悲鳴に、思わず沙霧は逃げることも忘れて耳を塞いだ。
反射的に振り向くと、そこにはさっきまで圧倒的な存在感を放っていた羊擬きが何者かに斬りつけられていた。
見てくれは草原であるはずの空間にあまりにもそぐわない、軍靴が固い床を蹴るような音が響き渡る。
翠がかった白髪が、間違いなく無風のこの空間で不自然にたなびいていた。
沙霧よりいくらか年上の少年、に見えた。
男の割には華奢な少年に、小さな蝙蝠がまとわりつく。

『リオンリオン、狩るなら早くしたらどうだい?さっさと終わらせないと、また復活してくるよ?』

「......分かってる」

聞き覚えのある、その凛とした声。
沙霧は目を見開いた。
刹那───轟音。

『っぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

耳をつんざく絶叫は、少年の振るった諸刃の大剣が空気を震わす音と混じり合い、脳髄を直に揺らすような不協和音を奏でた。

『ぅ、う......た、た、退魔の......血......ね、根絶やしに......しないと......』

羊擬きは遺言のように呟いて、硝子細工が砕けるように消えた。
少年と蝙蝠が沙霧へ振り返る。
沙霧はその翠の瞳を見つめ、確信した。

「───あなた、皇 理央でしょ」

少年はその言葉に僅かに目を剥くと、やっぱりかとでも言いたげにため息を吐いた。

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設定タグ:名前固定 , ローファンタジー , 女主人公   
作品ジャンル:ファンタジー, オリジナル作品
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作者名:不知火 | 作成日時:2020年1月21日 21時

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