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私は倫太郎の言葉を何度も何度も反芻して、目を見張った。
何度も何度も確認したけれど、夢でも聞き間違いでもなんでもなかった。
紛れもない現実で、事実だった。
「え、稲荷崎?」
「うん」
「稲荷崎って、兵庫だよね……?」
「そうだね」
「……うそ、まって、りんたろう、兵庫に行っちゃうの?」
あっという間に私の瞳は涙を溜め込んで景色が揺らぐ。
目の前のちっとも変わらない倫太郎の表情がぐにゃりと歪んだ。
そのうち堪えきれなかった涙がぼろぼろと溢れる。
溢れる。
溢れて止まらない。
ああきっと、目の前の倫太郎は迷惑そうな顔をしているんだろうな。
ずっとそうだった。
昔からずっとそう。
倫太郎は昔からずっと、私の泣き顔を見る度に嫌な顔をする。
私は昔からずっと泣き虫な子供で、手を引いて貰わなくては一人で歩くことすら出来なかった。
だから、倫太郎は迷惑そうな顔をして面倒だと言いながら私の手を引いてくれた。
涙で滲んで歪む視界を倫太郎の手だけが導いてくれた。
私は倫太郎がいなきゃ、一人で真っ直ぐ歩くことすら出来ないのに。
「また泣くの」
「りんたろう、」
倫太郎は溜息をついて、しゃがみこんで泣きじゃくる私の隣に立った。
そうしてずっと、喉が引き攣って言葉も吐けない私の横にただただ立っていた。
涙は溢れるだけで止まりっこない。
倫太郎はまた面倒くさそうな顔をしているんだろうな。
きっと迷惑だと思っているのに。
それでも私を置いていかないのに。彼は兵庫に行くと言う。
倫太郎に才能があることは誰よりも知っている。
絶対に誰よりも知っている。
だって私の一番は倫太郎なんだから。
でもまさか、兵庫に行くなんて思ってもみなかった。
私はどうしたらいいの。
倫太郎がいなきゃ私はどうしようもない泣き虫で、子供の頃からちっとも変われていないのに。
「ほんと面倒くさいな」
「ご、ごめんなさ、りんたろ、ごめ」
「なんで泣くんだよ」
「だって、だって兵庫に行くって言うから!!」
兵庫って倫太郎が思ってるよりずっと遠い。
私は地元から出たことがないから知らないけれど、多分思ってるよりずっとずっと遠いはずだ。
倫太郎は私がいなくても生きていけるだろうけど、私は倫太郎がいなくちゃ生きていけないよ。
倫太郎だってそれを確かに知っているはずなのに。
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つばき - 川西のお話、鳥肌が立ちました。陰のある恋をしてほしいっていうの、同意します…! (2021年2月14日 10時) (レス) id: f1e42d3762 (このIDを非表示/違反報告)
桔梗(プロフ) - リムさん» ありがとうございます! 頑張ります (2019年12月30日 22時) (レス) id: b9479cbc1c (このIDを非表示/違反報告)
リム - 赤葦の物語とっても切なくて涙が止まりません・・・泣 これからも頑張ってください! (2019年12月22日 2時) (レス) id: 7cc2098249 (このIDを非表示/違反報告)
桔梗(プロフ) - 天祢さん» そう言っていただけてうれしいです!個人的にも川西くんのお話が好きなので、刺さってくださる方がいて良かったなあと思います。更新を楽しみにして頂けるとうれしいです。コメントありがとうございました! (2019年12月14日 15時) (レス) id: b9479cbc1c (このIDを非表示/違反報告)
天祢 - 読ませていただきました!勿論全部のお話が素晴らしかったのですが、元々最推しなのもあって川西くんのお話が特に良かったです。深いなぁ…と思いました。更新頑張って下さい!楽しみにしています(^-^) (2019年12月13日 21時) (レス) id: dfbff6b887 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:桔梗 | 作成日時:2019年11月16日 13時