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昔と一つ違うのは、彼女が俺を「川西くん」と他人行儀に呼んで、俺もムキになって彼女を「久瀬」と呼ぶことだけ。
彼女は自分のために自分の体を明け渡すし、毎回乱れた制服もそのままに、彼女のエデンで空を見上げている。
そして毎度足を運んで彼女の身なりを整えてやる俺は、そんな彼女に大変不毛な恋をしていた。
「川西くんさあ、私、こんな悪い子だけど、まだ好きなの?」
「好きだよ」
「不毛だねえ」
「不毛だなあ」
彼女は俺に応えない。
彼女は俺を好きだとも嫌いだとも、もう来るなとも言わない。
ただ毎回こうして、俺の気持ちを確かめて、そうして「不毛だねえ」と笑うのだ。
彼女が俺を拒否しないことを理由に、俺はみっともなく縋り付いている。
今まで、他人にこれ程までに執着したことはないからきっと後にも先にも、俺にはコイツにだけなのだと思う。
それがまたなんとも不毛である。
「ねえ川西くん」
「なに?」
「あのねえ、今日はひとついいことを教えてあげよう」
これは今までにないパターンだった。
俺は何となく緊張して久瀬を見た。
相変わらず綺麗で、涼しげな顔だった。
切り揃えられた前髪と、緩やかに波打つ黒髪はひと目を惹くし、赤く色づいた唇と、黒いまつ毛に縁取られた瞳は艶やかで、凡そ高校二年生には見えない風貌だった。
だから、こうして大人受けしてしまうのも、わかる。
「『善人とはこの世で多くの害を為す』」
「は?」
「『彼らが為す最大の害は、人々を悪人と善人に分けてしまうことだ』」
借り物の言葉を話す彼女は得意気で、また誰かの言葉の引用なのだろう。
俺にはそれが誰なのかさっぱり検討もつかないけれど、彼女の言わんとしていることは、何となくわかるかもしれない。
昔から彼女はこうだった。
小難しいことばかり考えていて、俺が知らないことを沢山知っている女の子だった。
そんな彼女は、いつの間にか悪人になっていた。
気づいた時にはもう、悪意なき善意と言う名の悪が蔓延る、教室という閉鎖空間で一人吊るされた哀れな人形だった。
何がきっかけだったのかは、きっともう誰も知らない。
彼女の机と持ち物には悪戯されているのを何度か見た。
進学校で有名な白鳥沢高校と言えど、こういうガキ臭いことが起こるのだなとどこか達観してすらいた。
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つばき - 川西のお話、鳥肌が立ちました。陰のある恋をしてほしいっていうの、同意します…! (2021年2月14日 10時) (レス) id: f1e42d3762 (このIDを非表示/違反報告)
桔梗(プロフ) - リムさん» ありがとうございます! 頑張ります (2019年12月30日 22時) (レス) id: b9479cbc1c (このIDを非表示/違反報告)
リム - 赤葦の物語とっても切なくて涙が止まりません・・・泣 これからも頑張ってください! (2019年12月22日 2時) (レス) id: 7cc2098249 (このIDを非表示/違反報告)
桔梗(プロフ) - 天祢さん» そう言っていただけてうれしいです!個人的にも川西くんのお話が好きなので、刺さってくださる方がいて良かったなあと思います。更新を楽しみにして頂けるとうれしいです。コメントありがとうございました! (2019年12月14日 15時) (レス) id: b9479cbc1c (このIDを非表示/違反報告)
天祢 - 読ませていただきました!勿論全部のお話が素晴らしかったのですが、元々最推しなのもあって川西くんのお話が特に良かったです。深いなぁ…と思いました。更新頑張って下さい!楽しみにしています(^-^) (2019年12月13日 21時) (レス) id: dfbff6b887 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:桔梗 | 作成日時:2019年11月16日 13時