30.夏がやって来る ページ30
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ズルズル…、と家庭科準備室の壁にもたれてしゃがみ込む。
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「……ーーー…」
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ジメジメとした密室空間。もう少しで夏がやって来る。
もしかしたらもう、夏はすぐそこに顔を潜めているのかもしれない。
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“和くん、ギターは弾かないんだ”
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そんなの知らないよ。知りたくもない。
なんであなたの口から、二宮くんを知らなきゃならないの。
それでも、このドロドロとした感情を消せない自分はもっと嫌だ。
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“菜月”と呼んだあの唇の動きが、脳裏に焼きついて離れてくれない。
私の名前だって呼んでくれた、でもその名前とは少し違う。
私の知らない二宮くんが、そこにはいた。
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恋って、こんなに胸が苦しいものだっけ。
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「ーーー…、戻んなきゃ」
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勢いで出てきたはいいものの、まだ文化祭の準備は終わっていない。
委員長の私がいなくなったら、それこそどうしよもうない。
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「よし！」
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パン！と両手で頬を叩いて気合の入れ直し。どことなく霞んだ視界を拭って
ガラガラ、と家庭科準備室の扉を開く。
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……ひらく。
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「ーーー……え……」
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しまる。
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ジメジメとした空間。もうすぐで夏がやって来る。
窓の外は明るくて、青空が広がってる。
さっきまで一人でしゃがんでいた、あの壁の近くには私じゃない人がいる。
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さっきまで、一人だったこの空間にはもう一人、人が増えた。
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和也「ーーーー…なんで避けんの？」
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壁際に寄せられた私の体。トン、と私の顔の横に置かれたのは二宮くんの手。
いつかの電車の再現でもしてるのだろうか。また素直に壁ドンだと喜べない。
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「避けてなんか…」
和也「嘘つけ」
「嘘なんか」
和也「じゃあなんで」
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和也「こっち見ねぇの？」
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顎に手が添えられて、顔を無理やり上げられる。
目と目が合う。ジメジメとした空気が二人を纏う。
車の走る音が、聞こえた。
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息遣いが聞こえる。
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心臓、こわれそう。
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