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「前に話したこと覚えとるか?」
にんじんを握ったまま、仁王が尋ねる。
決してAの目を見ずに。
「なんの話?」
「消えるつもりじゃろう?と聞かんかったか?」
暖房は聞いているはずなのに、酷く寒かった。
「そんな話したっけ?」
惚けて見せても、意味などない。
けれどもそうするしかないのだ。
彼女はあまりにも嘘を吐きすぎた。
「今も、変わらんのか?」
全てを見透かすように仁王は言う。
否定も動揺も呑み込んで。
Aは諦めたようにそっと息を零して、都合よく鳴いたケトルをそっと止めた。
「変わらないよ」
変わりたかった。
彼らに触れることで、消えなければいけないという呪縛から解放されたかった。
「お前さん……」
そんなことできるはずもない。
何故なら彼女は嘘つきで、彼女は彼らを愛しすぎた。
「私は消えるよ」
きっとマサは誰にも言わない。
そんな確証があって、だからこそ言えた言葉。
「お前さんはそれでいいんか?」
何を聞いてるの?
彼女は呟く。
いいに決まってるじゃないか。
Aにとって彼らは大切で、大事で何にも代えがたい存在で、こんなにも心を許していて、好きで大好きで、愛しくて、空間全部をしまっておきたい。
そこまで思えた初めての存在だった。
そんな彼らにとって、自分という存在が何か。
彼女は知っていた。
“私が消えても何も変わらない”
知っているつもりでいた。
だから当然、これ以上一緒にいても傷つくだけで。
それがわかっているのに“彼ら”の中にいることを選べるほど彼女は強くない。
「指、気を付けてね」
ピーラーを握る仁王の指に瞳を這わせてAはそっと微笑んだ。
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はる - めちゃくちゃ面白くて短時間で一気に読んでしまいました。更新待ってます^ ^ (2022年1月25日 4時) (レス) @page40 id: aae421ef6f (このIDを非表示/違反報告)
かるぴん(プロフ) - 面白くて一気読みしました!とても心が動かされました。続きがあったら見たいです。お体に気をつけて。 (2021年3月20日 2時) (レス) id: e2b715c702 (このIDを非表示/違反報告)
スノウ - 更新されてる〜!嬉しい!そして返信ありがとうございます!もう物語も終わりに向かっているようで、寂しいような、でもどんな結末になるか気になるような…複雑な気持ちです(笑)次の更新も楽しみです。こんなご時世ですので、お身体には気をつけて、ご自愛ください。 (2021年1月13日 2時) (レス) id: 4b5dbbee1a (このIDを非表示/違反報告)
yum(プロフ) - 久しぶりにお邪魔したら更新されていて、とても嬉しかったです。情景が浮かぶ描写、キレイなことば、涙があふれます。ただ、愛が欲しかった…本当に大好きです。 (2020年7月22日 15時) (レス) id: 59466218f8 (このIDを非表示/違反報告)
SHINO(プロフ) - 名無し96398号さん» ありがとうございます!ご期待に添えるようにがんばります! (2020年6月22日 16時) (レス) id: 59abf06d02 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:SHINO | 作成日時:2017年4月5日 11時