ただ、愛が欲しかった。- fifth story -

197. ページ17

「正直ちょっと驚いた」

アルコールの匂いに、見慣れた白衣。


「何が？」

主治医の声に首を傾げるA。


「君は元々進行が速い方なんだけどね、ここ1年は進行がむしろゆっくりになっている。
一時的にそういう事も起こり得るから様子を見てきたけど、やっぱり進行のスピードが遅くなっている」

カルテを見ながら、主治医の顔はほんのりと笑顔を滲ませていて、よほど嬉しいのだろう。
何年間も定期的に見てきたからこそ。


「え、どうして？」

「医者として科学的根拠を示さなきゃいけないのかもしれないけど、病は気から。
君はここ1年でよく笑うようになったし、しゃべる話題は友達のことばかり。
そういう心理的要因が働いたんじゃないかな」

Aの脳裏に浮かぶのは大事になりすぎた彼ら。
彼女もまた、笑顔を浮かべるが、その笑みは喜びからではなかった。


「そっか」

自分への呆れだ。

あれほど大事なものを作らないと決めていた過去の自分を簡単に裏切ったことへの。



「でも進行が止まったわけでも治った訳でもないから、それは忘れないで」

現実へと引き戻す、主治医の声。


「あとどれくらい？」

彼女は笑う。
それは他人の為ではない。

笑っていることで、自分は死を恐れてなどいないと思いたいのだ。


「建前と事実どっちが聞きたい？」

「事実」

何も怖くない。
怖くなんて、ない。

何度も聞いた、残りの時間。
今更、怖いはずもない。

にもかかわらず、Aの手には汗が滲んだ。


「今の状況だと来年の秋くらいだろうね」

「先生は嘘つかないから好き」


あと1年。
残された時間をどう使うのか、彼女は未だ決めれずにいる。





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