3話 ページ19
あその社内は、異様な雰囲気に包まれていた。
部屋の中央に群がる数人と、扉の前で立ち止まり静かに涙を流す一人の女。
やがてその女が小さく息を吸い込んだかと思えば、繊細な一音が、そこに響きわたった。
「座敷のなかで 大きなあつぼつたい
それは実に、美しい歌声であった。細かな震えまでも、それは優しく溶けいって、切ない余韻だけが耳に残る。
中央の数人のうち、包帯を首にまで巻いた一人の男が、あぁ、とその感動にため息をついた。しかし男だけでない。彼女の歌声に、社内のみなが驚嘆し、息をのんで耳を澄ませている。
「座敷のなかで 大きなあつぼつたい
蝶のちひさな 醜い顔とその長い觸手と
紙のやうにひろがる あつぼつたいつばさの重みと。
わたしは白い寝床のなかで眼をさましている。
しづかに私は夢の記憶をたどらうとする
夢はあはれにさびしい秋の夕べの物語
水のほとりにしづみゆく落日と
しぜんに腐りゆく古き空家にかんするかなしい物語。」
その蝶とは、彼女であったのだ。
「夢をみながら わたしは幼な兒のやうに泣いていた
たよりのない幼な兒の魂が
空家の庭に生える草むらの中で しめつぽいひきがへるのやうに泣いていた。
もつともせつない幼な兒の感情が
とほい水邊のうすらあかりを戀するやうに思はれた
ながいながい時間のあひだわたしは夢をみて泣いていたやうだ。」
蝶の夢は、さめてしまった。
「あたらしい座敷のなかで 蝶が
本来儚く軽いはずの蝶の翼は、どこか重たく、本来暖かな春に飛びゆくはずの蝶は、さびしい秋の夕べを向いている。
「白い あつぼつたい 紙のやうな
彼女がそれを歌いあげたとき、その歌声にいまだ驚きが響いている者、聞き逃さぬよう目をつむり耳を澄ませる者、中には、涙を伝わせて聴く者までいた。
当人の彼女も然り、せつなさに胸をおさえてやまない涙をこらえていた。
「異能力」
唐突に、彼女がそれをつぶやいた。黒髪の男が緑色の瞳を開いて、「馬鹿!」と叫んだ。包帯の男もそれにはっとして、思わず叫んだ。
「萩原さん!待って!」
それはとても深刻な声音で、一方彼女はというもの、開きかけた口を閉ざした。
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うずのしゅげ(プロフ) - 猫さん» ありがとうございます笑笑 そうですね、本当に彼女には報われてほしいですね☺️☺️ ドスくんが楽器を弾いて、夢主ちゃんが歌ってとかっていう穏やかで幸せな日々がありそうで妄想の翼が広がりますね!!笑 (7月17日 10時) (レス) id: c82952eeb4 (このIDを非表示/違反報告)
猫 - ズビッズビッっべ、別に泣いてないですけど、夢主ちゃんは幸せであって欲しいですねズビッ (7月8日 10時) (レス) @page24 id: a46c77cf46 (このIDを非表示/違反報告)
吹原思木(プロフ) - ラいむさん» ラいむ様!!長い間、本当にお世話になりましたー−!!!こちらこそ、今までありがとうございました。受験勉強がんばってきます!何度も何度もしつこいようですが、本当に、ありがとうございました! (2022年10月23日 21時) (レス) id: 82c6167370 (このIDを非表示/違反報告)
吹原思木(プロフ) - 眠夢@低(無)浮上さん» わー−!!うれしいですー!そうですねー、もうこの作品を書くことがないんだと思うと、本当に私も寂しい気持ちです、、わざわざコメントありがとうございました!次作でもよろしくおねがいしますー−! (2022年10月23日 21時) (レス) id: 82c6167370 (このIDを非表示/違反報告)
吹原思木(プロフ) - 黒猫さん» 上から読み返してくださったんですか......!! いやもうまじで、うれしいです!!黒猫様にはお世話になりました、今まで本当に、ありがとうございました!!受験勉強も、がんばってきます! (2022年10月23日 21時) (レス) id: 82c6167370 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:うずのしゅげ | 作者ホームページ:https://twitter.com/8YgT1yhKwYPDEd7
作成日時:2022年8月11日 22時