122話 ページ22
なんとか落ち着きを取り戻しいつもの調子に戻った人使君は、己の髪を掻き上げるように掻きながら小さく「ごめん」と言葉を落とす。
「ううん、気にしないで。友達として心配してくれたんでしょ? その気持ちが私は嬉しい」
ほんのりの赤い顔のまま気落ちしてしまった人使君を慰めようと紡いだ自身の言葉に、胸の辺りがツキリと痛んだ。
"友達"
それは彼と私の関係性を表すには決して間違ってはいない言葉ではあるが、欲深い自分にとっては苦痛を伴う言葉だ。
告白する勇気も覚悟もない癖に欲だけは一丁前で我ながら情けないし、自分で言葉にした癖に勝手に一人で傷ついて馬鹿みたいだ。
こんな風にウジウジして一歩を踏み出す事も出来ない自身に嫌悪感を抱きつつも、その感情はなるべく面に出さぬよう意識して笑みを深める。
「――そうじゃない」
「へっ?」
突然人使君から発せられた言葉に、私の笑顔が崩れる。
数度視線を泳がせた彼だったが、最後には真っ直ぐと私の目を見つめだした。
「俺はッーー」
人使君の形の良い唇がそう動いた瞬間、体育館の入口の方からガタッと物音が響いた。
物音からして体育館の扉が開いたのだと悟った私がその方向へ顔を向けると、そこには見覚えのある黒ずくめの人物が立っていた。
「……邪魔したか」
「あ、相澤先生!?」
「イレイザーっ!?」
「そんなに叫ばんでも聞こえてるよ」
だだっ広い体育館に私と人使君の大きな声が反響し、黒ずくめの人物――相澤先生はうるさそうに眉間に皺を寄せる。
男にして少々長めの黒髪をわしわしと掻きながらこちらに向かって来る先生に、私達は揃って一礼してみせた。
「大きな声出してすみませんでした……もしかして、人使君が特訓をつけてもらってるっていう先生って相澤先生なんですか?」
「そうだ。仁口は心操と知り合いだったか」
「えぇ。人使君とは――中学の時からの同級生なんです。にしても人使君。こんな凄い人に特訓してもらってたんだね。びっくりしちゃった」
「……Aはイレイザーを知ってんの?」
ぶっきらぼう気味にそう問うてきた人使君に対して、一つ頷いて見せてから口を開く。
「相澤先生は……まだ小さかった私を助けてくださった、命の恩人なの」
「……そう、なんだ」
そう言うと人使君は、何とも言えない表情を浮かべたままふいと私から視線を外してしまった。
彼の様子に何か変なことを言ってしまったのかと聞こうとしたが、今の現状を思い出し口を閉ざした。
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作者名：長月シキカ | 作成日時：2023年11月18日 17時
