121話 ページ21
予想だにしていなかった人使君の姿にギョッと目を丸くしているしていると、隣から一際大きなため息が聞こえてきた。
彼から聞こえてきたそのため息が退屈さによるものだと思った私は、すぐさま謝罪の言葉を口にする。
「ごっごめんね! こんなつまんない話して――気分悪くしちゃったよね」
「いやっAは悪くないだろ。こっちこそ言いづらいこと話させて、ごめん」
膝に埋めていた顔を上げた彼の口から謝罪の言葉がこぼれ落ちる。
ごめんの言葉と共に紡がれた私を気遣う言葉に、心の内に場違いながらも嬉しさが込みあがり自然と口角が上がる。
「人使君が謝ることないよ。あんまり気分のいい話じゃないから言わなかっただけなんだし……それにしても、よく気付いたよね。私、そんなに分かりやすく顔に出てたかな」
そう口にしながら、両手の指で頬をむにむにと揉むように軽く触れる。
幼い頃にあの地獄のような施設で過ごした経験のせいで上手く感情を隠す術を嫌でも培うことになった。
しかし、最近では意識して表情を取り繕うことも少なくなっていたから、少し技術が落ちてしまっていたのかもしれない。
「そりゃあ――見てるからな、お前の事」
「えっ」
ぽそりと人使君の口から呟かれた言葉はとても小さいものであったが、すぐ隣に座っている私の耳にはしっかりはっきりと聞こえてしまっていた。
だからこそ、彼の発した言葉の意味を理解した瞬間に顔に火がついたかのように熱を持ち始める。
人使君の発言に驚いた際にもれ出た私の言葉に、彼自身も己が発した言葉が伝わってしまった事を悟ったのか、今の私と同じくらいに顔が真っ赤に染まりだした。
「いっ今の聞こえて――いやっ違うからな! その、決して変な意味じゃなくてっ……」
「だ、大丈夫だから! ちゃんと分かってるからちょっと落ち着こうか、人使君」
物凄く慌てているのかすくっと立ち上がりあわあわと弁明する人使君をなんとか落ち着かせねばと、私も同じように立ち上がってどうどうと落ち着かせる。
いつもならこんな風にワタワタと慌てるのは自分で、そんな私をクールに宥めすかすのは人使君なのだが、今は見事に立場が逆転している。
人間、自分より慌てた人を見ると不思議と冷静になるというが、まさにその通りである。
こんなに慌てている人使君なんてこれから先の人生もう二度と見る事はないだろうと、私は彼よりも一足先に落ち着いた心でそう思った。
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作者名：長月シキカ | 作成日時：2023年11月18日 17時
