116話 ページ16
「あ、仁口さんに心操君」
突然聞き覚えのある声に名前を呼ばれ、私と人使君はほぼ同時に食事していた手を止める。
声のした方へ顔を向けた瞬間、自分の口の端がひくりと引き攣ったのを自覚した。
視界に入ったのは、丼物が乗ったトレーを持った緑谷君ともう一人。
私が口元を引き攣らせたのは、そのもう一人の方だ。
轟 焦凍。
ヒーロー科の一年Ａ組の生徒で、現在私が最もと言っても過言ではないくらいには会いたくない人物だ。
手に持っている料理に目を向けているようで、人混みでもよく目立つおめでたい紅白の短い髪がさらりと前へ垂れている。
食い入るように見ているのはせいろにそばが盛りつけられている、所謂ざるそばだ。
出来る事ならば会いたくなかったというのに、何故こんなところで。
いや、ここは生徒が利用する食堂だ。同じく生徒である彼が利用するのも理解は出来る。
「――ぃ」
しかし、今の私会いたくないという感情が顔に出ていないだろうか。
感覚的に口角はちゃんと上がっているようだが。
「ぉ――きい――」
いくら個人的に会いたくない人だからといって、それを顔に出してしまうのはやっぱり失礼だしなぁ。
「おいAっ」
「はっ――ごめん人使君。何?」
人使君に名前を呼ばれ思考の沼から這い上がった私の視界に、彼の呆れ半分心配半分といった表情が入る。
慌てて聞き返すと、どうやら緑谷君達を隣の席に座らせてもいいかとのことらしい。
ちらりと目線だけ周りに向けると、確かに近くの席は人で埋まっているようだ。
本音をいえば嫌だがここで本心のままに言うわけにもいかない為、すぐさま笑顔を作り是と答える。
私の言葉に困惑気味だった緑谷君はぱぁと顔を綻ばせ「ありがとう」と言葉を紡いだ。
緑谷君は私の隣の席へ手を伸ばしたので、必然的に人使君の隣には轟君が座ることになった。
うーん、隣は嫌だと思っていたが正面に座られるとどうしても視界に入るし、やっぱ隣の方がマシだったか。
なんて心の中で思いながら、私は冷めて少々温くなった味噌汁に口をつける。
冷めてもなお美味しい味噌汁がささくれだった心を少しだけ落ち着かせてくれ、私はホッと息をついた。
「それにしても、さっきはどうした? もしかしてまた具合でも」
「違う違うよ。ちょっと試験勉強のしすぎかボーっとしちゃってただけ。緑谷君達も話聞きそびれちゃってごめんなさいね」
心配そうな表情で声を掛けてくれた人使君と彼らにそう笑顔で告げた。
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作者名：長月シキカ | 作成日時：2023年11月18日 17時
