114話 ページ14
「どうしたのこんなところで? いつもならこの時間、訓練終わってるんじゃ。それともこれから?」
「いや、今日の訓練は終わり。終わって帰ろうと思ったけど、ちょっと忘れ物を思い出して」
そう言いながら右手を掲げて見せた人使君のその手の中には、確かに忘れ物らしきノートが一冊握られている。
真面目な彼が忘れ物なんて珍しい、なんて思いつつもまぁそういう時もあるかと自身を納得させる。
「それよりAこそ、こんなとこでなにしてたんだ? まさかどっか具合でも悪いんじゃ」
「っううん、体調はバッチリだから心配しないで」
笑顔を見せながら全力の元気ですポーズをとりつつそう言ってみるが、人使君の表情は芳しくないままだ。
これ以上は誤魔化されてくれないと判断し、私は内容をぼかしながらも先の出来事を説明する。
「そうか。でも珍しいな、お前が他人にそんな態度をするなんて」
「め、珍しいかな? ……でも、いくらなんでもあの態度はよろしくなかったと絶賛後悔中で――って! 人使君疲れてるのにこんな愚痴みたいなの聞かせちゃって気分悪いよね――ごめんなさい」
「なんでお前が謝るんだよ。俺から話を振ったんだからそんな事気にするな……それで話を戻すけど、Aは悪意あってそんな態度を相手にとってしまったわけじゃないだろ?」
そう聞いてくる人使君に、私はコクリと首を縦に振ってみせる。
私の行動を是ととらえた彼は、「それなら」と言葉の続きを紡ぎ出した。
「謝るしかないだろ。大丈夫、誠意もって謝ればきっと相手だって許してくれるよ――なんなら俺が後ろについててやろうか?」
「だっ大丈夫だよ! 子供じゃないんだからっ」
優しい声色から一変しからかうような笑みと共に放たれた人使君のその言葉に、まるで幼い子供が親に連れられて相手に謝る図が思い浮かんだ私は彼の方へ顔を上げながら勢いよく言葉を言い返す。
「ははっ、元気出たみたいだな」
からかいの笑みを止めいつもの優し気な笑顔へと戻した彼の言葉に、今までずんと重かった心が段違いに軽くなっていることに気付く。
それから私は、人使君が自分を元気付けてくれているのだと唐突に理解した。
彼のさりげない優しさに嬉しく思っていると、人使君は窓の方へ首を回す。
「よしっじゃあ時間も遅いし、良ければ途中まで一緒に帰る?」
窓から差し込む夕日のせいかほんのりと頬が赤い人使君に嬉しい申し出に、否と答える気など毛頭ない私は元気よく返事を返した。
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作者名：長月シキカ | 作成日時：2023年11月18日 17時
