112話 ページ12
「そ、それにしても、優しいんだね。仁口さんって」
「えっ」
穏やかな微笑みを浮かべながらそう言葉をこちらに向かって放つ緑谷君に、私は素で驚きの声をもらす。
優しい? 私が?
緑谷君の先の言葉を頭の中で繰り返してみるが、何故彼がそんなことを言ったのかまるで理解が出来なかった。
「緑谷君、私は別に優しくなんてないですよ」
「えぇっ。だって心操君の為にこうしてるんでしょ? 充分優しいと思うけど」
「いやこれは、私の単なる自己満足ですよ。優しさなんかじゃない」
そう、この行動は人使君の役に立ちたいという感情が動かした完全に私の自己満足だ。
彼の役に立ちたい、彼に良い人だと思われたい、ただただそれだけなんだ。
「……たとえ自己満足だとしても」
授業も既に終わり現在放課後で人気のない静かな廊下に、緑谷君の穏やかでそれでいてどこか芯のこもった声が小さく響く。
そんな彼の声を邪魔しないよう、私は口を閉ざす。
「誰かの為に何かをしようとする行動自体は、全部"優しさ"なんじゃないかな? ――少なくとも僕はそう思う」
真っ直ぐな眼差しをこちらに向けはっきりとそう告げた彼の言葉の節々から、彼の"優しさ"が感じ取れた。
もしかしなくてもこの目の前の男の子は、今日初めて顔を合わせ会話したばかりの私に慰めの言葉をかけてくれている。
その事実に、自身の口元が思わず緩んでいく。
まったく、"優しい"なんて言葉は彼にこそ相応しいだろうに。
「――ふふ、ありがとうございます」
「へっ? あ、ど、どういたしまして」
「さて、一番聞きたいことは聞けましたし、気を取り直して次は二番目に聞きたいことをお聞きしてもよろしいでしょうか?」
そうお時間はとりませんので、と言葉を続けながらポケットに突っこんだままの愛用のメモ帳とペンを取り出す。
まるで新聞記者のように空白のメモ帳にペンを押し付けいつでもペンを走らせられる姿勢をとった私に対し、緑谷君は少々驚いた様子を見せたがそれでも快く首を縦に振ってくれた。
緑谷君の厚意に甘え、私は瀬呂君や爆豪君にしたのと同じ質問を彼に投げかけるのだった。
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作者名：長月シキカ | 作成日時：2023年11月18日 17時
