赤と黒のLiberations8

【幸せな時間】10　★ ページ20

★羽生サイド

Aが服をたたんだり、器用に髪をセットしてくれている間、心地よくて幸せで、ずっとこの時間が続けばいいのにって思っていた。

でもこれからバンケだし、その後はテレビの生出演が控えているから、行かないわけにはいかない。

あーあ、なんで羽生結弦なのかな。
スケートで幸せを掴んだはずなのに、スケートがAとの幸せな時間を奪う。

「これでいいかなー。」

ちょっと切なげな気持ちでいる間に、髪が出来上がったようだ。
時間にしてきっちり５分。さすがだなと思いつつ、鏡を覗き込む。

「どれどれ。」

「大人スタイル２０１９。」

変なタイトルが出たけどもちろん無視する。

「あ、オリジンぽい。」

「まぁそうなんだけどね。時計の雰囲気を出してみたよ。」

中国のあれか。

「ふーん。なかなかいいじゃん。さんきゅ。」

色んな角度から見てみても、人前に出るのに恥ずかしくない髪型にはなってる。
意外な特技もあるものだなと感心していると、Aが仕切り直すように改まった。

「じゃあ私そろそろ帰るね。本気で飛行機のチケットが取れなくなるから。」

「え、あぁ…そうだな。」

そうにこりと笑って、ほとんど開封していない荷物をまとめ始めた。
その様子を見つめながら、とてつもない焦燥感が募る。

どうしよ…。せっかく会えたのに、ここで本当に帰してしまってもいいのだろうか。

かといって、バンケットをドタキャンできないし、その後まだ仕事がある。
終わるまでここにいろって言うのは簡単だけど、それだと何かの弾みで関係者やマスコミにばれたとき、自分の潔白なイメージが地に落ちやしないだろうか。

羽生結弦が試合後に女の子と部屋で会ってました…なんて、国民栄誉賞までいただいた身からすればアウトなんじゃ…。

「えーと、先に出た方がいいよね。」

Aが気を利かせる発言をする中、いよいよ別れの時間が迫ってくる。

「あー…でも今外人通りが多いから、ちょっと待った方がいいかも…。」

色んな気持ちが交錯する中、珍しく優柔不断な自分が顔を覗かせる。
しかも自分の気持ちに蓋をして、周りの状況を利用しようとしている。

「ほんとに？…どうしよう。」

「……。」

相手の不安を煽って優位に立つ。でもそんな付き合った時みたいなやり方をまたしようとしている自分に、一瞬で嫌気がさした。

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