時間と距離を超えて10

【全日本】5　★ ページ22

★ゆづサイド

「お疲れ様でしたー。」

一日目の全ての工程が終了したのは午後8時。
例年に比べたら早い方なのかもしれない。

俺や連盟の関係者、選手達はこれから宿泊先となっている市内のＨホテルに向かう。

会場からシャトルバスに乗って揺られること20分。
到着先のホテルの入口は、一般のお客さんとスケーター、その関係者がかなり入り交じっている。

なんとか荷物を持ってロビーまでたどり着くと、連盟の人から部屋のキーを渡される。

「では明日は午前９時に会場へお願い致します。」

「はい。」

９時か、早えーな。
現役選手並みじゃねぇか。

とりあえず今日が無事に終わってよかった。
大きなトラブルもなく、自分の滑舌もまぁまぁ…。

でも後で佳菜にダメ出しされるんだろうな〜…。この後ノブ君と部屋に来るって言ってたし。

一度iPhoneをチェックしようと思い、ポケットから取り出す。
するとどこからか、名前を呼ばれたような気がして顔を上げる。

「ねぇ！あれ、羽生結弦じゃない？！」

「本当だ、わぁ！こっち見た！」

…いや、呼んだのそっちだし。
早速一般のお客さんに見つかってしまった。

他にもコーチや選手がちらほらいるのになんで俺だけ…。
まぁいいや、ここじゃ人目につく。とっとと部屋に移動しよ。

ぺこりと笑顔で頭を下げて、荷物を肩に担ぐ。
エレベーターに乗ろうとふとそっちの方を向くと、開いたドアから数人の外国人が出てきた。ドレスを着た女の子もいる。

なんとなく違和感を覚えて、じっとその光景に目をやる。

え…A？！

間違いない。あの時携帯でちらっと見たドレスだ。
てことはこのホテルで仕事だったんだ！

俺がびっくりしてガン見していると、さすがに向こうも気づいたのか、これでもかと言うくらいに目を見開いて固まっている。

一緒にいる外国人に肩を叩かれてようやく我に返ったA。
見送りかな、そのままロビーで挨拶をしている。

俺は慌ててiPhoneをタッチして、Aにメッセージを送る。
今このホテルにいて、仕事も終わりっぽいなら時間とれるかも。

俺の部屋に来てもらって、少しでもいいから話がしたい。
期待を込めて素早く文章を入力する。

『このホテルの5025室に泊まってるから仕事終わったら来て。』

すぐに返事は無理だろうけど、きっと読んでくれるはず。
10分でもいい。この枯渇した心を少しでも潤して欲しかった。

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