嘘と真実7

【幸せ】1 ページ10

カーン！と着氷の音が鳴る。
よし、ジャンプも徐々に安定してきた。
今日の公式練習でも、俺はひたすら四回転の練習をする。

確率も昨日より上がった。
気持ちに余裕が出てきたかも。

少し休もうと思って、水分をとってからAのいるカメラエリアに向かった。

「A。」

「…公私混同禁止。」

あからさまに嫌な顔をされて、逆におかしくなる。
たまにはいいだろ、こんな風に夫婦っぽくしても。

「今朝の俺の記事見た？不調不調ってさ、こっちは必死なのに。」

羽生四回転ジャンプ決まらず。とか書いてあんの。
写真だけがかろうじて前向きな俺だったけど。
もちろんAの撮った例のやつ。

「マスコミの間では、疲れてるんじゃないかって噂されてますけど…。」

そう言って話しかけてきたのは、カメラマンの林さんだ。
今日もしっかりAの隣。

「疲れてないですよ？身体のケアは万全ですし。」

もちろん強がる。

「じゃあなんで跳べないんですか？」

……。
さらに突っ込まれるとは思わなかったな…。

「んー…練習不足ですかね。オリンピック終わってから、仕事が立て込んで思うように時間が取れなくて。」

ここは忙しさもアピールしておこう。
右足のトゥを、氷でコンコンとしながら、痛みはないな、と確認する。

「それが本当なら、スケート連盟は終わってますね(笑)」

…痛いとこつくな。
林さんは俺の話が嘘だって見抜いてるか。

「自分がさぼってただけですよ。オリンピックで燃え尽きた感じ？」

もう、これ以上言い訳は思いつかないな、と次の言葉を待つ。

「羽生選手に限ってそれはないでしょう。ま、言わなくてもいいですけどね、私はカメラマンなので。」

あっそ、なんかムカつく…。

「結弦。そろそろ練習に戻ったら。そんなに時間残ってないよ。」

わかってるし…。
でもAは俺の奥さんだって、ちょっとは周りにアピールしたいじゃん。

「手出すなよ…？」

独り言のように小さくつぶやいて、氷を蹴って練習を再開した。

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