嘘と真実7

【チョコレート】2 ページ2

いきなり跳べるなんて思ってなかったけど…。

「まじか…確率悪すぎだろ。」

着氷失敗、パンク、ステップアウト。
全部やらかした。
二回転になるミスも。

ただ、一度も跳べなかった訳じゃないから、それは安心した。
今は上手くいったジャンプをひたすら頭で繰り返している。

「今夜はイメージトレーニングだな。」

もう少し会場で陸トレしてからホテルに帰ろう。
滴り落ちる汗をタオルで拭いながら、とりあえず連盟の控え室に戻る。

すでにAは戻って来ていて、いつものようにiPadで写真を選んでいるようだ。

「A。」

名前を呼んだら、お疲れ様。と返してくれた。

「結構とばしてたみたいだけど大丈夫？」

「あぁ。てか、今日ろくな写真ないんじゃない？」

少しイライラしていたかもしれない俺の声。

「そんなことないよ、表情はどれも良いよ。」

そう言ってiPadを差し出された。

「鬼っぽい…までいかないか、男っぽい。」

率直な自分の感想。

「もうすっかり女子っぽさなくなったよね。」

あったら怖いわ、もう24だし。

「どんなの提出するの。」

クリーンなジャンプはほとんどないけど。
失敗したやつに、羽生不調！とか付けるの？

「…たぶんあまり良い記事は書いてもらえないかもね。でも苦しい中でも前向きなの…これどうかな？」

画面に表示されたのは、ジャンプの後、手をバッと広げた時の一瞬。
必死で苦しそうな表情に、なにか訴えかけるものがある気がする。

「…よくこんな写真撮るよな。」

これは賛辞だ。
不調なら不調で、情報の捏造でもない、あくまで中立な写真。
でも前に向かってる。

「そりゃ自分の旦那さんだもんね。変なこと書いて欲しくないし？(笑)」

Aの精一杯の愛情かな。
正直嬉しい。

もうこの写真で決まったな、と思って話題を変える。

「俺この後もう少しここでトレーニングして帰るわ。」

さすがにホテルじゃジャンプ出来ないから。

「わかった。…私手伝おうか？」

それは助かるかも。…と言おうとしたら、突然ドアがノックされた。
反射的に二人とも音のした方を向く。

「失礼しまーす…あ、ゆづいた！」

「え？！佳菜？」

そこには俺のスケート仲間の、村上佳菜子がいた。

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