美しい人と。 (ページ5)

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なれのはて (※ネタバレを含みます) ページ5

(加藤シゲアキ著書｢なれのはて｣
本編のネタバレを含みます)

読み終わったとき、
私は呆然とそこに立ち尽くした。

彼の書く小説には必ず得るものがあるけれど、
今回の作品から得たものは

火に焼けるような苦しい痛みと
"家族"からなる鉛のように重たい愛だった。

原油の濁った匂いが鼻腔にこびり付いて離れない。

秋田の田園風景が、黒煙で染まっていく。

山のふもとで夕陽のような火炎がたちまち燃え盛る。

幼い顔をした輝が、
傑の赤い切子を空にかざして笑った。

私はその異常な笑顔に恐れおののくばかり。

映画のワンシーンに入り込んだようで、
物語から抜け出せないまま息を殺していた。

私は彼の小説を読んで、
必ずひとりは好きな登場人物を選ぶ。

しかし、｢なれのはて｣には
恋をするほどの人物は現れなかった。

一度好きになっても裏切られてしまうからだ。

そこは本編を読んでもらった方がわかりやすいだろう。

勿論、善人もいた。

八重さんのことも嫌いになれなかった。

そうだ、"誰も"嫌いにはなれなかった。
そして愛することも私にはできそうにない。

だって、彼らの手には何かしらの凶器が握られており、
1歩近付くだけで恐怖だからだ。

怪物だ。妖怪だ。
彼らは人ならざる者たちだ。

瞬きも忘れて呼吸を繰り返していると、
愛しの彼が目の前に現れる。

でこぼこした階段を、手を付きながらのぼって
一切呼吸を乱さずに淡々と歩いていく。

私は加藤さんの背中を追った。

くるくるとした黒髪に汗が滴る。

前髪に隠れた瞳は相変わらず黒々としていて、
それでいて未来を見つめていた。

彼は今を生きている。

階段の1番上に辿り着き、
体力のない私がついに登り切った頃には

加藤さんは油井(ゆせい)の縁に腰掛け、
こちらの到着を待ってくれていた。

ぴたりと目が合う。

彼の顔を見るだけで安心する。

しかしそれは一瞬のことで
彼越しに、ゲルと地面を這うホースが見えた。

ついきゅっと息を呑む。

キャンバスを大事そうに抱えた輝を、
加藤さんはその場でぎゅっと抱き締めた。

私はそれを唖然として見つめる。

私が愛せなかった人を

彼は包み込むように抱き締めている。

彼は大人だった。

例え輝がナイフを握っていたとしても、
加藤さんは構わず抱き締める。

涙するでもなく、言葉をかけるわけでもなく、
ただただ全身で彼らを抱き締めた。

到底、私にはできそうになかった。