知りゆく 9 ページ27
海。
初めて会った風磨はたしかにそう言ってシャッターを切ったんだった。
あれは眼前に広がるこの広大な青のことじゃない。
前世の、わたしのことを呼んだんだ。
「うみ。俺はずっとお前に会いたかった」
消え入りそうな掠れた声。
それを伝えてしまったら消えてしまいそうな。
彼が呼ぶ「うみ」の名前は、風磨が彼女をどれほど愛していたかを理解するには十分なくらい、気持ちのこもった2文字だった。
でも、わたしじゃない。
わたしじゃない、別の女の子。
わたしこそが、彼を忘れてしまった当事者だった。
わたしこそが、彼が探していた人だった。
「………うみっていうの?わたし」
彼は頷く。
彼の目がほんの少し、ほんの少しだけ赤く潤んでいるのがわかった。
再会の感動か、私が風磨を覚えていないことへの悲しみか、苛立ちか、それはわからないし、あまりわかりたくもないと思った。
ただ一つ、私はひとつも悲しくなんかなくて、ただ不思議な夢を見ているような気分だったということ。
彼を忘れたことへの罪悪感も悲しさも苦しさももどかしさも、何ひとつなかった。
彼への執着など、ひとつもなかった。
ただ、彼がここに居座る理由が、私を見つけた理由が、わかった。
ずっともやもやしていた彼の前世のことがわかって、すうっと胸が晴れていくような気がした。
「………今のお前がうみじゃないのは分かってる。
だから言うつもりもなかった。
変に苦しめると思ったから。」
「………別に気にしないけど。
だって私はうみさんじゃないから、変に意識したりしない。」
「俺がこんなことしてもかよ」
「……………」
私に覆いかぶさったままの風磨が苛立つようにそう問う。
頷けないことが悔しかった。
「………風磨は私をどうしたいの?」
現世でわたしはあなたの恋人じゃない。
なのに、こんなことをするのは、わたしにうみさんを見てるから?
「………わたしうみさんじゃない」
「………わかってるよ、んなこと」
ドン、と風磨の拳がベッドを揺らす。
「なんで覚えてねんだよ………」
その苛立ちのぶつけどころがないんだ。
彼は誰とも記憶を共有できない。
目の前にいる、"うみさん"の姿をした私ですら。
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mana. - マゼンダさん!もうお話を描かれるのはやめてしまったんでしょうか?とっても寂しいです。いつかまた読める時が来ることを祈ってます!待ってます!! (2021年8月29日 5時) (レス) id: bff4af5f5b (このIDを非表示/違反報告)
sooooo - マゼンダさんの作品いつも楽しく読ませてもらってます!続きが気になりすぎます、、頑張ってください! (2020年4月9日 23時) (レス) id: 0f0f07dd15 (このIDを非表示/違反報告)
愛莉(プロフ) - マゼンダさんのお話大好きです!毎回マゼンダさんのお話が濃くて吸い込まれていきます!!お話書くの上手ですね!いい意味で自然と涙が出てきます!!このお話の続き気になります!頑張ってください!!! (2019年7月3日 19時) (レス) id: 8f456c3f46 (このIDを非表示/違反報告)
マゼンダ(プロフ) - 有紗さん» お返事遅くなりすみません!わわ、全部読んでくださったんですかありがとうございますすぎます(;_;)少しでも感動していただけていれば嬉しいです頑張ります…! (2019年3月14日 0時) (レス) id: f72ec701de (このIDを非表示/違反報告)
マゼンダ(プロフ) - 夜桜さん» お返事遅くなりすみません!更新滞ってしまってますが必ず書ききるのでよろしくお願いします、! (2019年3月14日 0時) (レス) id: f72ec701de (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:マゼンダ | 作成日時:2018年12月16日 21時