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『待ってください…!!』
家とは逆方向に、おそらく何の当てもなくだるそうにトボトボ歩いていた彼の背中にそう叫んだわたし。
わたしの声にピタリと足を止めた彼は振り返ると、目を丸くしてこっちを見ていて。彼が止まっている隙にわたしは走って駆け寄る。
「…Aちゃん、どうしたの?」
若干息の上がるわたしを見て、彼は驚きが隠せないと言わんばかりに目を丸くしてそう尋ねる。
スーツにパンプスだから、普通に走るときよりも疲れて、途切れ途切れになる息を整えるわたしを待ってくれる菊池さん。
顔を上げると、綺麗な髪の隙間から覗く彼の瞳と目が合ってまた顔を逸らしてしまう。
『……これから、どうするんですか。』
「え?」
『家飛び出して、…明日からどうやって生活するんですか?』
「何、そんなこと聞きにわざわざ走ってくれたの?(笑)」
『…こ、公務員として、市民の方を放っておけないから。』
なんて苦しい言い訳。そんなこと自分でもわかってる。
彼も気が付いたのか、そう冷たく言葉を放つわたしを見てまた笑みをこぼす。
「公務員としてでも嬉しい。」
『……』
「大丈夫だよ。駅前のホテルにしばらく滞在するつもりだから。」
『……』
「ありがとう。心配してくれて。」
そう言って、わたしの頭をポンポンと叩き、また一段とにこりと笑う菊池さん。
嘘。大丈夫じゃないくせに。
彼がわたしに背を向ける直前、彼の瞳の奥が、また寂しそうに揺れていて。
警備員さんに話しかけられた後も、その瞳がチラついて結局後を追いかけてきてしまった。
「てっきりこれから口も効いてくれないんじゃないかってガチで思ってたから。」
『……』
「Aちゃんが俺のこと考えてくれるなら、ずっと家出たままでもいいかな〜。」
『もう!!』
「ごめ、冗談だって(笑)」
こんなにわたしは心配しているのに、相変わらずマイペースすぎる…。
だって一ヶ月といえども家に帰れないって相当不便だよ?
お金だって別にかかるし、必要なもの手元にないし、落ち着ける場所もないし、仕事だって環境が変わるといろいろ大変なのに…。って、仕事はしてないんだった。
『……いですよっ…』
「え?」
『……岸さんと紗絵さんが家にいる間、わたしの家、来てもいいですよ…。』
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作者名:舞子 | 作成日時:2022年1月27日 21時