素直になれない私たちは。2 (ページ36)

今日:1 hit、昨日:28 hit、合計:123,000 hit

86 ページ36

＊

「でもね、俺、決断してよかったって思ってる。」

何も言えずに口を閉じるわたしに、彼はまた言葉を紡ぐ。

今度はさっきみたいな声じゃない。
優しくて、落ち着く。
いつもの彼の声だ。

『…どう、して？』

振り絞るような声でわたしは彼に問いかける。

だって、積み上げてきたもの全てを捨ててもいいと思えるくらい辛いことがあったんだよね？

全て捨てるっていう決断は簡単にできることじゃない。

感情に流されるタイプではなさそうな風磨がそんな大きな決断をしたってことは、それなりの覚悟があったってこと。

それなのに、どうしてあなたはそんな清々しい顔で、
迷いがない声でそう答えられるの？

聞きたいことは山々なのに上手く言葉にできない。

「だって、Aちゃんに出会えたから。」

戸惑うわたしの心を見透かすように、彼はまた優しく微笑んでそうわたしに言葉をくれる。

また風磨はそうやって、わたしを困らせて、惑わせる。

『…風磨って、わたしのこと好きなの？』

頭で考えるより先に、言葉が風磨に向けて歩き出していて
しまった、と思ったときにはもう、彼の耳には届いていた。

少し目を見開いて、瞬きが少し早くなる風磨。

何か弁明したいのに何も言い訳が出てこなくて、
でも焦っていることを知られたくなくてわたしは彼をただ黙ってじっと見つめる。

どうしよう、なんでこんなこと言っちゃったんだろう。

熱くなる顔を誤魔化すようにわたしはまたぐいっとお酒を飲み干す。

目の前がふわっと揺れて、霧がかかったみたいに目の前の景色が霞む。

　

「好きだよ、Aちゃんのこと。」

微笑む彼の瞳が、また、わたしを捕らえる。