30.黒い影は静かに蠢く1 ページ31
温泉を主力として賑わう観光地の郊外に建築されたタワーズマンション｡
資金が尽きたのか工事途中のまま
誰も住んでいない筈の建物で、女は広々とした浴槽に湯を満たし
最上階の眺めを楽しみながら優雅に湯に浸かっていた｡
｢ふふ…、我が弟ながらいい場所を見つけてくれたこと｡
ここならお湯も使いたい放題だし、いつでもお風呂が楽しめるわ｣
白く艶めかしい肌が月明かりに妖しく光る｡
｢お気に召して頂けたなら光栄です、ヒルコ姉様｣
麗しき己の肌を眺めていた女の視線が、いつの間にか入口の戸に凭れかかる男に注がれた｡
｢あら…、戻ってたの｣
｢えぇ｣
秀麗な顔に浮かぶ懐っこい笑み｡
極上の笑みを振りまいて、男は姉と呼んだ女に語りかける｡
｢我が姫君殿を探し当ててくれたとのこと｡
部屋に入ってすぐ姉様の可愛い子供達が僕に報告してくれたので…
嬉しくてこんな場所にまで失礼してしまいました｣
ダークブラウンのタイル張りの床が
男が一歩を踏み出すとザァ…と音を立てて色を変える｡
女は愛おしげに、床に這う無数のヒル達に白く細い指を伸ばした｡
｢……あの女、大っ嫌いだったわ｡
お前を高天原から追放したアマテラスより忌々しくて生意気だった｡
お前に乱暴され、嘆き悲しんで
アマテラスでさえ天の岩戸に隠れたというのに……
どんな辱めを受けようとあの女がお前に屈する事はなかった……
本当に高慢な女だったわ｣
｢僕は彼女の気高さを愛したのです｣
｢スサ、冗談を仰い｡
微塵もあの女を愛してなどいなかったクセに｡
お前はただ、物の怪どもを従える王としての、あの女の力が欲しかっただけ｡
今でも
クスリと笑った男は、悠然と女に歩み寄る｡
｢アマテラスの姉君も、ツクヨミの兄君も、僕の力を侮っているのです｡
支配領域が夜の
ですが僕は実の姉を汚し、乱暴者として高天原を追われた身｡
その上太陽が降り注ぐ昼間は、アマテラスの姉君によって僕の力は損なわれてしまう｡
目の上のこぶ達を取り除くためには、物の怪どもを従える
アマテラスとツクヨミを殺せば、不具の者として流された姉様も、高天原に帰ることが出来る｣
静かに男の話に耳を傾ける女の髪から、雫がぽたりと滴り落ちた｡
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作者名：あさり
作成日時：2014年12月14日 20時
